心の余裕の作り方

人生は自分次第

心が乱されるような出来事って、

望む、望まないに関係なく、

ちょくちょく起きるものですよねー。

ま、縁というものは、そういうものなので、

嫌なことは起きないでくれー。とか、

あいつのせいでこんなことになった。

なんて言ってても、仕方がないことです。

そんなことより、

日々、いろいろ起きる出来事を、

どう受け止めながら生きていくか?

ってことが、己の器量を判断する

材料のひとつになるものだし、

どう受け止めながら生きてきたか?

ということが、ようするに、

その人の人生ということになりますが、

出来事をどう受け止めたか?によって、

同じ出来事が、違う出来事になるのですから、

つまり、出来事や人生は己次第。

ということになるわけです。

まー、ようするに、

「実に面白い。」ということです。

(そりゃよかったな)

思考習慣

楽天主義も悲観主義も

一つの思考習慣によるものです。

楽天家の人生が楽しく

悲観主義者の人生が暗いのは当然です。

どちらもそれを望んだからです。

という・・・、

ジョセフ・マーフィーさんの

言葉があるようですが、

まあ、当たり前といえば、

当たり前の言葉ですねー。

それぞれ、考え方が違えば、

同じ出来事に遭遇しても、

同じように受け止め、

同じ行動をとることはないわけですから、

どのような「思考習慣」を、

持っているかによって、

行動や結果って全く違ってくるものです。

例えば、同じ釣りでも、

絶対、釣ってやると考える人、

釣れなかったらどうしようと考える人、

釣れなくても楽しめればいいと考える人、

どうせ釣れるわけがないと考える人など、

その人によって、

釣りへの向き合い方が違えば、

行動が違うし、また、

その後の結果が違うのは当たり前だろ。

という感じですが、

まー、言ってみれば、

「全ての現象には必ず理由がある。」

ということです。

(ガリレオの湯川さんか?)

余裕のない人

ま、そんな感じで考えてみると、

出来事に対して、

柔軟に向き合うことができれば、

大ピンチじゃねーか。と思っても、

突破口あるじゃん。などと、

思える可能性も増えるものです。

拙者は、人生は足し算ではなく、

引き算だと思っていますが、

人生が足し算だと、

つまり、足さなきゃダメですから、

足していくには結果、ということになり、

結果が出せないと、だんだんと、

生き方に余裕がなくなってくるわけです。

逆に考えてみると、余裕がなければ、

出来事に柔軟に向き合うのが難しく、

選択肢も狭くなるということですから、

結果を優先する人生だと、

そりゃ、人のせいにしたくなるよねー。

ということであり、

人のせいにするということは、

起きることは他人次第ということなので、

苦しさも増えるよねー。ということです。

つまり、

結果にこだわる→簡単に成果が出ない→苦しい

という、苦しみループの人生って、

ガリレオの湯川学さん風に言うと、

「さっぱりわからない。」

という感じです。

(世間はお主がさっぱりわからない)

遊び心となんとかする力

苦労人というのは、ややこしい苦境を

優雅に切り抜ける人のことである。

という、サマセット・モームさんの

言葉があるようですが、

ややこしい苦境を、

ただ切り抜けるのではなく、

優雅に切り抜けるってのがいいですよねー。

世の中に流れるニュースを見てると、

最近は、小さなことに、

イチイチ目くじらを立てて、

イライラしている人もいるようですが、

そういう人は、苦境を切り抜けても、

セカセカ切り抜けるのが相場ですし、

そもそも、優雅ってのは、

どっか余裕がある人にしか、

できないことです。

拙者は毎日仕事もせず、

スネをかじって遊んでばかりですので、

さぞかし優雅に見えるだろうなーなどと、

自ら想像しておりますが、

(お主はただ、お子様なだけだ)

(ていうか、想像じゃなく妄想だろ)

そんなことは横に置き、

(横に置くんかい)

まー、余裕というより、

遊び心とでも言いましょうか。

生き方に遊び心がある人って、

余裕があるものだし、

あまり執着がなく、自由でいいもんです。

(お主もかじってるスネを自由にしてやれ)

まー、苦労してきた人ってのは、

修羅場って言うんですか、

うまくいった、いかなかったは別にして、

くぐってきた場面が多いわけですから、

そうなりゃ、自然と、

「なんとかする力」も向上します。

つまり、

「なんとかする力」が身につくほど、

出来事に対する経験値が増え、

突破するのがうまくなるわけですねー。

ということになると、

「なんとかする力」を磨くには、

修羅場をくぐり、経験値を増やすことなので、

まずは、成果を出すことを目指しつつ、

出来事に向き合い切り抜けようとすることが、

むしろ大事なことじゃね?

ということになるわけです。

まー、ようするに、結果に支配された人の、

結果にこだわる→簡単に成果が出ない→苦しい

という流れではなく、

成功や失敗という結果も大事だけど・・・、

結果恐れずやってみる→

簡単に成果が出ない→

でも、経験値増えたじゃん。

という流れに目を向けることができれば、

結果からの支配を抜け出し、

苦から距離を取ることにつながるわけです。

まー、ようするに、福山湯川風に言えば、

「面白い。実に面白い。」

という感じです。

(まだ仮説の段階だ。)

結果に支配されない人

心が乱される出来事を、

サマセット・モームさん風に言えば、

ややこしい苦境ということですが、

ようするに、

そのややこしい苦境の創造主って、

もしかして、己自身じゃね?

ということであり、

己自身の考え方じゃね?ということです。

そして、考え方の選択肢を狭くするのは、

足し続ける人生でなければならない、

という価値観であり、

なによりもまず、結果が優先される人生。

ということになるので、

まーつまり、

「生き方に余裕や遊び心を持とうぜ」

ということであり、

生き方に余裕や遊び心がある人が、

「苦境を優雅に切り抜ける苦労人」

ということになるわけですねー。

ま、そんなことを書いている拙者も、

湯川博士のように、

「実に面白い。」と言える余裕を、

持ちたいと思っていますが、

ドラマ、ひとつ屋根の下に出てくる、

チイ兄ちゃんみたいに、

「あんちゃーん」と、頼るのが関の山という

今日この頃ですが、

(福山さんの役が変わっとるやないかい)

皆様はいかがお過ごしでしょうか?

(なにがだよ)

ま、何事も過ぎると、

必ずその反動があるということですが、

結果に支配され、結果を求め過ぎると、

「結果を得れない苦しみ」という苦が、

もれなくついてくるもので、

結果も大事なことだけど、

過程だって大事だよ。という、

結果だけに支配されない距離感というのが、

己を挑戦に向かわせ、

その結果、苦からも距離を取る。

ということに、つながっていくわけですねー。

ま、結果、結果という人生って、

何が面白いの?ということであり、

また、そんな人生だと、卑屈にもなるよなー。

ということですが、

結果を求めて、得れねーよ!と、

自己否定しながら、心の余裕を無くし、

いつもイライラしている。

ていうか・・・、

それって、まさに拙者のことですが、

(お主、いつかニュースになりそうだな)

あまり、そういう人と友になりたくないし、

また、あまり近づきたくないものですねー。

(お主のことだろ)

まー、どんな出来事が起きても、

「それでも地球は動く」と思えるぐらい、

拙者にも、生き方に余裕があればなーと、

思うわけでござるが、

(ガリレオ・ガリレイさんかよ)

「全ての現象には必ず理由がある。」

ということですから、

修正もできるということですねー。

(ガリレオ、ガリレオって、ややこしいわ)

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