勝つと思うな 思えば負けよ

平常心

平常心を保つということは、

人生を豊かなものにするための、

大きな条件のひとつですねー。

言いかえると、何かが起きると、

心が乱されてしまうということは、

普段から積み重ねたものを、

発揮できない可能性がある。

ということであり、

反対に言えば、発揮するには条件がある。

ということになるわけです。

よく、

緊張して頭が真っ白になった。

などと言いますねー。

これなど、心が乱されてしまって、

冷静なら、なんてことないことでも、

思うようにできなかった。ということですが、

拙者もよく頭が真っ白になるので、

髪結いに行っては、染めてもらってます。

(お主の場合は白髪だろ)

千利休さんに質問!

千利休さん。

信長さんや秀吉さんに仕えた、

言わずと知れた茶聖ですが、

その千利休さんが、ある人から、

炉と風炉の違いや、夏と冬の茶の極意や、

心得などを教えてください。

と、質問されたそうです。

ちなみに炉とは、いわゆるいろりのことで、

湯を沸かすいろりが、畳の中にある状態です。

公民館などにある茶室を見てみると、

一畳の畳の中が、四角に一部だけ、

切り取られていることがあります。

その切り取られている四角の畳をはぐると、

その下にいろりが備え付けられています。

つまり、そこに釜を置き、炭を使って、

お湯を沸かす状態が、

「炉」ということであり、

風炉とは、畳の上にいろりを置いて、

湯を沸かす状態で、ま、今で言う、

カセットコンロみたいなもんです。

そして、炉は冬に使い、

風炉は客人からなるべく遠ざけて、

夏に使うわけです。

まー、ようするに、

この違いと極意を教えてくれと、

質問されたわけですねー。

利休さんの答え

それはさておき、

その質問に対して利休さん。

夏はいかにも涼しく、冬はいかにも暖かく、

炭は湯が沸くように、茶の温度は飲みやすく。

これにて秘事は済み候。

と、お答えになったそうです。

それを聞いた、質問者は、

「問人、不興にして」とありますから、

秘伝でも聞けるかと思ったのでしょうか?

面白くないという様子で、

ふーん、

当たり前なことばかりですねー。(超訳)

と、答えたそうです。

それを聞いた利休さん。

それなら、やってみてください。

私が客として参り、それができていたなら、

あなたの弟子になりましょう。

と、お答えになったそうです。

諸悪莫作 衆善奉行

そのやりとりを横で聞いていた笑嶺和尚が、

利休さんの申されたこと、至極なり。

「諸悪莫作 衆善奉行」と同じだねー。(超訳)

と、おっしゃったそうです。

もうまさに、

質問した方の頭の中は真っ白。

顔は赤っ恥で、ひとり紅白状態・・・。

で、あったかどうかは知りませんが、

(お主のお尻は真っ赤っ赤、髪は真っ白)

まー、紅白なら、一曲歌うか?

って感じです。

(厳正な審査によって選んでおります)

ちなみに、諸悪莫作 衆善奉行とは、

七仏通誡偈(しちぶつつうかいげ)にある、

はじまりの二句です。

諸悪莫作(しょあくまくさ)とは、

諸々の悪を作すこと莫れ、

衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)とは、

衆の善を奉行せよ、つまり、

悪いことすんなよ、いいことをしろよ。

風呂入れよ、歯磨けよ。

ということであり、

(後半、ドリフターズになっとるがな)

悪いことすんなよ、いいことをしろよって、

至極、当たり前なことですけど、

じゃあ、あなたはできてますかー?

ということになるわけですねー。

(お主も己に問いなさい)

当たり前のことを・・・

当たり前のことを、当たり前にする。

何もない平常時でも、難しいのに、

ましてや「いつでもどこでも」になると、

少し様子が変わってきますねー。

例えば、冒頭でも書きましたが、

プレッシャーを感じて、

実力を出せなかったという場合など、

平常心が乱されているわけですが、

平常心が乱される原因は、全て欲です。

つまり、こんな風に思われたい、

こんな結果が欲しいという欲があると、

「普段通りに実力を出さなきゃ」に加えて、

願いが叶いますよーに。

も、加わるわけですから、

そりゃあ、もう大騒ぎです。

(なにがだよ)

美空ひばりさんの「柔」という歌に、

かーつーと思うなー 思えばー負けーよー♪

という歌詞がありますが、

常に平常心でいることが難しい者は、

欲に心が引っ張られて、

実力が出せないわけですから、

これでは、相手に勝つこともできません。

まー、ぶっちゃけ、

相手に勝つには、相手の隙を突けば、

勝てることもあるでしょうが、

平常心は己が相手であり、

パッとできるものではありません。

ようするに、

当たり前のことを当たり前にするより、

相手に勝つ方がまだ簡単。ということです。

結果を捨て、我を捨て、

無心になって向き合うことができれば、

平常心につながってくる。ということですが、

逆に言えば、平常心が持てないと、

いつでも、どんなときでも、

当たり前のことを当たり前にするのは難しい。

ということですねー。

いつでも、どこでも平常心で、

全ての事をなせる人を、

達人とか名人といいますが、

まー、相手に勝とうとする前に、

まずは己の欲に対する心の弱さに勝て。

ということです。

(お主がエラそうに言うな)

つまり、己の心を縛っている、

執着から離れれば離れるほど、

人は身軽になれ、自由になれるわけですが、

そのような境地など、はるかに遠い拙者は、

子どもでもできることが、できませんか?と、

いつもいろんな人に怒られてばかりです。

(もう、介護が必要だな)

※記事の更新は、現在三日に一度でしております。

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