うまくいかない理由

環境や出来事があったから

環境や出来事というものは、

ただの環境や出来事で、

それ以上でもそれ以下でもないのですが、

環境や出来事をどう受け止めたかによって、

それらに意味が与えられますねー。

どういうことかというと

例えば、〇〇があったから、

私はこうなった、という感じ。

つまり、〇〇があったから、

私はいま不幸だと受け止める。

また、幸せだと受け止める。という感じで、

己の受け止め方によって、

環境や出来事が意味を持つ。

と、いうことですねー。

何かが起きた後、それをどのように受け止めて、

その後どう行動に移していくのかは、

それぞれの考え方や、

感情によって変わるわけで、

出来事や環境によって、

人格が変わるわけではないのですが、

いやー、〇〇という状態だったからー。

という感じで、なんでもかんでも

環境や出来事の責任にされると、

勘弁してくださいよー。と、

出川さんのように言いたくなるものです。

(リアルガチ)

環境は人をつくらない

環境が人をつくるのではありません。

環境は私たちに、

私たちがどんな人間であるかを

教えてくれるだけなのです。

というような、

ジェームズ・アレンさんの言葉が、

あるとかないとか。

まー、そう言われてみると・・・、

出来事や環境が人を変えるのなら、

例えば、〇〇という出来事が起きると、

みんな同じように変化する。

ということになってしまいますねー。

〇〇という出来事が起きたら、

みんな同じように変化する。

その法則であれば、世の中は簡単です。

まずい方向に変化したなー。と思ったら、

そこからいい方向に変化する出来事を、

わざと起こせばいいわけです。

うーん。

そうなると、世の中、

同じような人間ばかりになってしまう。

それって、ようするに、

やばいよ、やばいよ。って感じですねー。

(お主がやばいわ)

まー、現実的には、

同じ困難に向き合った場合、

もう無理だー。と思う人と、

己を磨くいいチャンスになるから、

もっとくれ。と、思う人がいるもので、

(ストイックだな)

というより、拙者の場合は、

苦労は買ってでもしろ。という方に、

拙者の苦労を、ぜひ買っていただきたい!

と、思う次第でありますが、

(お主は、買ってでも苦労しろ)

そんな感じで考えてみると、

全ての人が、ある出来事に対して、

同じように向き合い、同じように考え、

同じように変化するものだと考えることが、

ちょっと、強引なわけですねー。

つまり、出川さん風に言うと、

いや、ほんと、無理無理ー。

というわけです。

環境はただの環境

つまり、環境や出来事というものは、

人をつくるという大袈裟なものではなく、

その出来事や環境を、

あなたはどう受け止めたのか?

ということによって、

「今のあなたはこういう人」

ということが見えてくる。

という、程度のことであり、

まー、いってみれば、

リトマス試験紙みたいなもの。

ではないでしょうか。

確かに環境や出来事は、人に影響を与えますが、

それだけでは、人格はつくれません。

人格は、環境や出来事をどのように受け止め、

その後、どう行動したか?ということにより、

磨かれていくものです。

うまくいかない理由を、

出来事や環境のせいにするのは簡単ですが、

その生き方だと「なすがまま」になり、

人生の決定権は、己以外が持っている。

という、不安定な状態が続いていきます。

ですが、その出来事や環境を、

己で整理することができれば、

これからの行動を、環境や出来事の責任に、

しなくて済むわけですねー。

ま、うまくいかない理由を、

出来事や環境の責任にしていると、

人格は磨かれていかないものですが、

拙者の場合、うまくいかないときは、

環境や出来事の責任にして、

うまくいったときは、

己の手柄にしております。

(やっぱりお主は、リアルにやばいよ)

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