指導者の条件

人を導く人

人を導く立場の人はたくさんいますねー。

拙者が思うに、

人を導くには謙虚さが必要・・・・、

というより、必須だと思うのですが、

皆さんはどのようにお考えでしょうか?

てなことを言いながら、

拙者は、謙虚のカケラもないので、

知らん。としか言いようがありませんが。

(うん、知ってる)

人の師になりたがる

是非しらず邪正もわかぬ この身なり

小慈小悲もなけれども

名利に人師を好むなり

という、浄土真宗の開祖、

親鸞聖人が詠まれたご和讃があります。

何がいいことなのか

よくないことなのかもわからず、

何が正しく何が悪いことかも、

わからない私であり、

また、大きな慈悲の心どころか、

小さな慈悲の心もない私であるのに、

名声や利益にとらわれ、人の師になりたがる。

と、いうような意味です。

誤解のないように書いておくと、

何がいいことなのか

よくないことなのかもわからず、

何が正しく何が悪いことかも、

わからない私であり、

また、大きな慈悲の心どころか、

小さな慈悲の心もないと・・・、

散々にご自身のことをディスっておりますが、

というより、まるで、

拙者のことを言われているようで、

さっきから胸が痛いのですが、

(それは・・・、知らん。)

ようするに、拙者のような凡夫と比べて、

あー、全く知らないよな。

と、おっしゃってるわけではなく、

釈尊や阿弥陀様のような、

偉大な如来と比べて、まだまだ知らないよねー。

ということであり、

拙者のいる場所より、

遥か遠くからの目線であるわけです。

(お主と一緒にすな)

卵が先か、鶏が先か

例えば、セミナー講師に俺はなる!

(麦わら帽子の海賊の方?)

という動機であれば、己の思いが優先。

ということになるわけですから、

己の見てきた景色を土台にして、

他者の助けになりたいなー。というのが、

一番ではないということになりますねー。

というより、己を救えない者が、

他人を救えるわけがないので、

本当に他者の助けになりたいのなら、

セミナー講師に俺はなる!ではなく、

慈悲の人に俺はなる!が先に来るもので、

つーか、釈尊もそうでしたが・・・、

そのあとで、

えー、誰かを導くんですかー。

あんまり気のりしないんすけど・・・。

という順番になるわけです。

(いわゆる、梵天勧請のこと)

そもそも、

このご和讃をのこされた親鸞聖人も、

名声を求めていたのではありません・・。

などと、

エラそうに拙者、言っておりますが・・・、

ていうか、知ってるつもり

みたいになってますが・・・、

(本当だなー)

なぜそのように思うのかというと、

親鸞聖人自らが、苦のまっただ中にいて、

その苦をなんとかしようと、

仏道を精進したのですが、

己と向き合えば向き合うほど、

仏の偉大さがわかると同時に、

己の小ささ、愚かさが見えてきたわけです。

ようするに・・・、

あー、もう、こんなんじゃ、

苦を滅するどころか、

手も足も出ないじゃないかーい。

と、言いながら、ワイングラスをチーンと、

やっていたわけですねー。

(ルネッサーンスかよ)

そんなときに、相方の樋口くん。

じゃなくて、法然上人と、阿弥陀様に出逢い、

苦から抜け出すことができ、

その苦を滅した体験を、

同じ苦悩の中にいる人に伝え、

苦悩から抜け出してもらいたい。

と、生きてこられた。

(ということは、親鸞聖人は山田ルイ53世?)

と、いうことは・・・、

つまり、まず、

ご自身が苦から抜け出すことが第一で、

セミナー講師に俺はなる!が、

第一ではなかったということですねー。

指導する立場もいろいろ

有名な先生になりたいから。と思い、

指導する立場になった人も、

いるのかもしれませんが、

そういうスタートだと、

己の欲を満たすことが第一であり、

人を救う助けになりたいという気持ちが、

その次になっている人が多いのでは?と、

考えてしまうわけです。

こんな感じで考えてみると・・・、

まー、指導者だけではありませんねー。

拙者も人の親ですが、

親の都合を優先し、

子どもを振りまわしているなーと、

思ったりもするわけです。

(しっかり、反省しろよ)

だからといって、

簡単に人を導く立場になろうとするな。とか、

人を導くのなら、その前に、

偉大な賢者と同じ境涯まで修行しろ。

などというつもりは全くありません。

そもそも、そんな事を、

拙者に言う資格はありませんし、

また、愚かだからこそ人間。

とも、思っているからです。

ですが、その反面、指導的な立場にいる者は、

その立場に安住せず、

己もつまらぬ者のひとりであると、

賢者や師を鏡として、向き合いながら、

常日頃から、己を省みることが必要じゃね?

と、思うわけですねー。

(師を間違えるとゴールも間違えるけど)

などと、なにやら、

エラそうに言っている拙者ですが、

名声が欲しくてたまらないゆえ、

殿!一杯どうですか?とか、

大老!ぜひ寄ってってください!

などという、呼び込みの声を聞くと、

つい気持ちよくなってしまい、

(お主だけに声をかけてないけどな)

気がつくと喜んで店に入っていて、

ルネッサーンス!と、乾杯しております。

(カモにされとるやないかーい)

※現在、隔日で記事の更新をしておりますが、

多忙のため、五月より、三日に一度の更新に、

変更させていただきます。

次回の配信は5月1日です。

よろしくお願いいたします。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする