行動できないという話

そういえば、先日、

花の種を本の上に何日か置いてみたのですが、

いつまでたっても、

芽が出てくることはありませんでした。

(当たり前じゃねーか)

という今日この頃ですが、

皆様は、いかがお過ごしでしょうか?

(なにが、という今日この頃だよ)

つい先日まで、寒い、寒いと言っていたのに、

なんだかもう、夏が来たような感じですねー。

(うん、暑いな)

種というものは、

土に植え、雨が降り、日光が照り・・・。

という縁がそろうと、芽を出すものですが、

縁がなければ何も起こらず、

縁がなければ、ただ種のまま。

というわけですねー。

(だから当たり前だろ)

生物は縁をつないで生きている

動物や、人間という生き物は、

縁をつないで生きているものです。

どういうことかというと、

例えば拙者が、ひたすら横になっていると、

食事も水もとらないわけですから、

いつか命は尽きてしまいます。

ということは、つまり、

生きていくには、縁を繋がないといけない。

生きていくには、行動しなければならない。

ということになります。

まあ、行動するのって面倒だなー。

と、拙者がひとり、思ったとしても、

すべての人に当てはまることなので、

なんともならないわけですが、

ようするに、この世というものは、

否が応でも行動しないと、

生きていけないわけですねー。

そんな感じで考えてみると、

ただ生きることでさえ行動ですから、

生きるだけではなく、

さらに喜びのある人生を送ろうと思うなら、

行動するしかない。

ようするに、結局、

何事も行動というわけですねー。

行動しても・・・

行動は必ずしも

幸福をもたらさないかも知れないが、

行動のない所に幸福は生まれない。

という、シェイクスピアさんの言葉が、

あるようですが、

この言葉のように、

行動しても、縁がそろわなければ、

何かが起きるとはかぎりませんねー。

そんな感じで考えてみると、

失敗するかもしれないのに、

行動したくないよなーと、思うのも

無理はないんじゃない?

と考えてしまいそうですが、

ですが、ですがです。

人間は、行動しないと生きていけないように、

行動しなければ、喜びのある人生も

送れないわけですから、

そこは悩ましいことであるわけです。

行動できない理由

一般的には、このあたりから、

「失敗は成功の母」的な、

解決方法にいくのでしょうが、

対症療法的な文章は、

ネット上にたくさんあるので、

そちらを読んでいただくとして、

原因療法的に、なぜ行動できないか?

ということを書いてみると、

それは欲が原因だからです。

まあ、みなさんも、

行動できない原因については、

うすうす感じているのでは?

と、思いますが、

ようするに、失敗が怖い、恥ずかしいという、

己をよく見せたい欲であったり、

失敗して、いろいろこじれると面倒という、

安定を求める欲などではないでしょうか。

簡単に言えば、危険を冒して、

チャレンジするより、今のままでいい。

という感じですねー。

ですがその、失敗が怖い、恥ずかしいとか、

安定を求める欲よりも、

○○がしたいという欲がそれらに勝ると、

行動に移すことがあるわけですが、

ようするに、

「行動を するもしないも 欲次第」

(ここで一句。みたいになっとるがな)

ということであり、

まー、いずれにしても、

欲に行動を支配されているわけですねー。

行動できない原因を断つ

人生を支配されてしまうほど、欲があると、

判断や行動の動機は、

当然ですが、欲が中心になります。

てな感じで考えてみると、

つまり、その欲をなんとかすれば、

判断や行動の動機が欲ではなくなる。

ということになりますねー。

ようするに、欲と距離をとり、

行動や判断の主導権を、欲ではなく、

自分に取り戻すということです。

ようするに、

酒は飲んでも飲まれるな。ではないですが、

欲はあっても使われるな。ということです。

(今度は何の標語だよ)

ということは、例えば、

不安が行動や判断を決めているなら、

その不安を取り除かなければ、

自分の行動や判断の主導権は、

不安に握られたままということになるし、

結局さー、振り返ってみると、

いつも、とりこし苦労なんだよねー。

という感じであれば、

その不安を生み出す、

思考の癖を変えることで、

不安を生産する工場を心から無くせるので、

いつまでも、不安に追い回されるような、

人生ではなくなる。

ということになるわけですねー。

ということは、まず、

なにが不安の原因なのか?を考え、

その不安を、行動ができる程度に、

軽減できる工夫をすることができれば、

とりあえず行動はできる。

ということになるわけです。

加えて、次からはなるべく、

不安をうまない思考を整えるように、

考え方、ものの見方を工夫していく。

こういう流れで取り組んでいくうちに、

今日、明日には無理かもしれませんが、

だんだんと変わってくるものですねー。

(「3秒で楽になる」本はないのか)

対症療法的な解決法も必要ですが、

それだけに頼っていても、

同じようなことが、繰り返されるだけです。

原因に対して、少しずつ工夫をすることで、

例えば、我慢したり、神頼みをしたり、

勇気を振り絞ってやる、みたいな、

その場だけの解決法だけに頼ることが、

だんだんと少なくなってきます。

これでもまだ、「とりあえず行動できる」

という感じですので、

さらに喜びのある人生には、

まだ到達していないかもしれませんが、

例えば不安に、己を束縛されることが

少なくなったというだけでも、

以前の、不安や欲に縛られた、

窮屈な人生に比べると、自由であり、

喜びも、可能性も、多いわけですね。

種を蒔かなければ、

実がなることはありませんが、

どんな種を蒔いたかで、

結果という、実も変わるものです。

ようするに、何もせず起きるのは偶然、

努力して起きるのが奇跡。

ということでしょうかー。

(今度は何の名言だよ)

まー、いずれにしても、

行動をしなければ何も起きないよ。

ということですが、

拙者の好きな言葉は、人任せと神頼みです。

(お主の座右の銘だよな)

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