花房助兵衛職秀

小田原征伐

豊臣秀吉さんが、

天下統一の最後の仕上げとして、

北条家を征伐するため、

20万ほどの大軍を差し向けたのは、

1590年の春ごろといわれます。

ちょうど今頃でしょうか?

今頃なら桜の季節ですが、

小田原といえば、曽我の梅林ですので、

梅干しが有名ですねー。

拙者も、小田原城には、

遠い昔に何回か訪れたことがありますが、

確か、いろいろな年代の梅干しを、

城下のお店で売っていた記憶がありますねー。

拙者は、確か漬けて5年ぐらいのを、

一粒買って食べたような記憶がありますが、

もう、あまりに昔のことで、

よく覚えておりません。

(実は、最近のことも忘れます)

石垣山の一夜城

ま、そんなことはさて置き、

小田原城を攻める秀吉さん。

北条氏政さんたちが籠城する、

小田原城を見下ろせる石垣山に、

一夜にして城をつくります。

ちなみに、一夜城といっても、

本当に一夜でつくったわけではないようで、

まず、敵方に気づかれないように城をつくり、

できた後に、お城を隠していた木を切る。

小田原城にいる北条方からすれば、

小田原城の正面に、お城が一夜にして、

現れたということになります。

ようするに、秀吉さん。

敵方に動揺を与えようとしたわけですねー。

小田原は干物も有名ですが、

拙者は一夜城より、一夜干しが好きです。

(しらんがな)

花房職秀さん

そしてある日のこと、

秀吉さんは諸将を招き能楽をします。

小田原城に向けて、

こちらは宴会をやる余裕があるよ。

というメッセージもあったわけですが、

その本陣の前を、馬に乗ったまま通ったのが、

宇喜多秀家さんの家臣の花房職秀さん。

通称は助兵衛さんで、

通称の通りスケベな方です。

(つーか、すけのひょうえ だよ)

まー、そんなスケベはさて置き、

(さて置くのかよ)

秀吉さんがいる本陣を、

馬に乗ったまま通るということは、

秀吉さんを見下ろす形になり、

ようするに、無礼者!というわけですが、

(スケベをさて置くお主も無礼だよ)

というより、花房さん・・・。

無礼な行為だけではなく、

無礼者!と咎められたときに、

(だからお主も、無礼者)

戦場にあって、能で遊ぶような、

たわけ者の大将に下馬する必要はない。

と、言い放ったということです。

秀吉さん怒る

ま、戦場という場所では、

命のやり取りをしているわけですから、

そんなのんきな大将に己の命を預けられるか。

ということでしょう。

それを聞いた秀吉さん。

まあ、当然といえば当然でしょうが、

かなり激怒したらしく、宇喜多秀家さんに、

処刑せよ!と命じたそうです。

ですが、花房さん、

戦場での働きがよかったので、

秀吉さん、すぐに少し考えなおします。

やっぱりやーめた。

今までの武功に免じて、

武士らしく切腹ね、切腹。(超訳)

と、変更したそうです。

そして、秀家さんの取りなしもあり、

うーん、今、わしに向かって、

ああいうことを言えるやつはいない。

命を助け、加増して使うように。(超訳)

と、さらに変更。

その処遇を秀家さんに命じたそうです。

うーん。花房さん。

ただのスケベではありませんねー。

(だから、すけのひょうえって読むんだよ)

一事が万事

ようするに、花房さん。

戦闘が起きていても、起きていなくても、

常に緊張感を持って戦陣にいた。

ということであり、

常に、命を捨ててでも。という、

確固たる覚悟を持ちながら戦陣にいた。

ということですねー。

ま、拙者のようなヘタレだと、

己が一番かわいいわけですから、

無礼討ちになど、されたくありません。

ですから、花房さんのように思っても、

(つーか、お主は思えないだろ)

命はとられたくありませんから、

秀吉さんに物申せるわけがなく、

陰でグズグズ言うのがオチですねー。

(陰湿だなー)

花房さんは、常に覚悟を持っていたからこそ、

秀吉さんに、換言できたわけであり、

また、そういう心が見えたからこそ、

秀吉さんも許したわけでしょうが、

このように考えると、

拙者、小さいなーーー。という感じですので、

(言ってる場合か)

これからは拙者も、

少しは覚悟を持って生きれるよう、

花房さんのように、

スケベ道を邁進しなければと、

思うわけでござる。

(お主は、馬鹿か?)

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