ありのままでは嫌われる?

憧れの人

拙者にも一応、尊敬する人がいます。

まあ、憧れているだけで、

こんな風になりたいなー。とは思いません。

(どういうことだよ)

ま、拙者は拙者ですし、

この世でたったひとりの珍種ですし、

(お主が珍種なのは正解)

どうあがいたって、その人にはなれません。

ま、ようするに、

どじょうがさー 金魚のまね

することねーんだよなあー。(超訳)

ということです。

(相田みつをさんじゃねーか)

まー、一応、説明しておくと、

ドジョウはドジョウであり、

金魚は金魚で、それぞれ本物で、

金魚がドジョウの真似をしたり

ドジョウが金魚の真似をしたりすると、

偽物になるという意味です。

(わかっとるわ)

他人がつくった価値観

現代は、人がつくった価値観の中で、

生きようとしている人が多いですねー。

人がつくった価値観とは、例えば、

Q. 名誉や地位、財産を持っている人は?

A. 幸せ。

Q. 権力を持っている人は?

A. すごい、立派。

という感じです。

(それがどうした)

なんだか、こういう価値観って、

肉体を維持することにフォーカスした

動物みたいな価値観ですが、

それはさておき、その、

人がつくった価値観がどうした?

ということです。

例えば、追いかけることが、

生きている実感や充実感を得るんだよなー。

という人なら、

たくさん求めて、たくさん得れば、

幸せー!ということで、いいでしょうが、

そうじゃない人が、

こういう価値観に従って生きても、

幸せになれるわけがないですねー。

他人に合わせようとする生き方

ようするに、金魚やどじょうではありませんが、

それぞれの個性に応じた環境で生きることが、

自然体で生きるということです。

というより、個性に合った環境で生きていても、

様々なことが起きるのが人生。

ようするに、

トマトがねえ トマトのままでいれば

ほんものなんだよ

トマトをメロンにみせようとするから

にせものになるんだよ

みんなそれぞれにほんものなのに

骨を折ってにせものになりたがる

という感じですねー。

(これも相田みつをさんじゃねーか)

つまり、個性を抑えて生きる人生も、

自然体で生きる人生も、

いろんなことが起きるのに、

他人の価値観に合わせて、我慢して、

さらに苦労を増やしてどうすんだい?

ということですねー。

つまり、己は魚なのに、

「幸せになるには空を飛べ!」と言われ、

自分に合う、合わないことすら検討せず、

空を飛ぼうとしているわけです。

(じゃあ、トビウオにでもなるか)

嫌われたくない

人生って、生きているだけでも、

いろいろあるものなのに、

なんでさらに、期待に応えようとして、

苦労を増やそうとするの?

ということですが、

それはつまり、嫌われたくないからですねー。

まあ、気持ちはわかりますが・・・。

仕事で例えると、肌の合わない仕事を、

生活のためだと続けていたら、

生活があるのでやめれず、

己に合わない世界での我慢は続く。

そしてさらに、生活しているといろいろある。

という人生になるわけです。

ようするに、

ありのままの個性を出すと嫌われる。

という気持ちがあると、

もれなく我慢がついてくる・・・。

ていうか、もれなくついてくると、

なんだか得した気分になりますが、

(お主は少しバカさ加減を我慢しろ)

どじょうが金魚になろうとすると、

もう永遠に、泥の中にはもぐれず、

水の中を泳ぎ続けるしかないわけです。

つまり、そこまでして、

誰かに好かれたいんですか?

ということですねー。

トマトはトマト

相田みつをさんいわく、

トマトをメロンにみせようとするから

にせものになるということですが、

トマトなのに、メロンの中にいると、

居心地ってどうなんでしょうねー。

また、メロンの中にいれば、

親しくなる機会が多い人も、

やっぱりメロンでしょうし、

そりゃあ、己を偽ってでも、

メロンに見せたいわけですから、

メロンと仲良くなれれば、

嬉しいものでしょうが、

そこからはまた、己を抑えるという、

我慢の日々が始まるわけです。

その反面「メロンが好き♡」という人には、

嫌われるかもしれませんが、

「トマトいいよねー。」という人となら、

自然体で喜んでもらえるわけです。

ですが、先ほど、

現代は、人がつくった価値観の中で、

生きようとしている人が多いですねー。

と、書いたとおり、

個性を抑えて生きようとしている人が、

多いわけです。

そんな世の中ですから、

「トマトよりメロンだろ、高級だし」

という人がたくさんいます。

だけど、そういう人たちって、

ほとんどの人が好かれようと、

無理して生きているわけですから、

そういう人に好かれて、

「お前も我慢しろよ」と、仲間にされるより、

むしろ好かれない方がありがたい。

逆に言うと、トマトのまま生きていないと、

トマトがいいという人は、

いつまでも、現れないということですねー。

まー、かくいう拙者も、

以前は、己と違うものになろうと、

わざわざ骨を折りながら生きていましたし、

実際に、骨折もしましたが、

(いいね)

おかげさまで最近は、

達観することができまして、

(うそだね)

骨を折って偽物になりたがるのを、

やめることができました。

(どうしようもなくて、あきらめただけだろ)

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