どこにいても輝く人

欽ちゃん(萩本欽一さん)が独立したとき

所属事務所には、

「司会の仕事はぜんぶことわってください」

と頼んでおいたのだそうです。

しかし、蓋を開けてみると

司会の仕事しかこない。

そして、やってみた結果は、

司会の仕事で大ブレイク。

そのときに、

自分がやりたいことよりも、

人があいつにこういうことをやらせたい

というものにこそ、

運があると感じたのだそうです。

ひすいこたろうさん

菅野一勢さん 柳田厚志さん著

「世界一ふざけた夢の叶え方」

天職は呼ばれる

天職はなるものではなく、呼ばれるもの。

なーんて言葉を、聞いたことがあります。

己のことは、己には見えにくい。

などといいますが、己を活かす場所とは、

己で積み重ねていくこともできる反面、

まわりに導かれていくものでもありますねー。

まわりからの頼まれごとに、

誠心誠意向き合っているうちに、

気が付くとそれが仕事になったというのは、

よく聞く話ですが、

天職は呼ばれるもの。

頼まれごとの中に、

天職が隠れていることも、あるわけですねー。

一所懸命

己で見つけようとすることも大事だし、

こういうの、向いてるんじゃない?

これ、やってくれない?という声に、

向き合うことも大事なことですが、

それ以上に大事なことは、

「どこにいても一生懸命」

ということではないでしょうか?

ちなみに、一生懸命とは・・・、

命を懸けて、武士が領地を守ったこと。

に、由来します。

そもそもは、一所懸命(いっしょけんめい)

という、ようするに、

「一か所の領地を命懸けで守る」

という言葉から生まれた言葉で、

一生懸命とは、ほぼ同じ意味ですが、

細かいことを言うと、

一生懸命とは、微妙に意味が違います。

現在では、メディアが一所懸命ではなく、

一生懸命に統一して、

使用しているようなので、

一生懸命を多く見るようですねー。

閑話休題・・・。

どこにいても一生懸命にやる人柄と、

例えば、不満を持ってやるような人柄では、

その人の輝きが全く違うものですねー。

そして、頼みごとをする場合、

どちらに頼むかは言わずと知れたことです。

まあようするに、

良い子・悪い子・普通の子

という感じですねー。

(何がだい?)

真玉泥中異

真玉泥中異

(しんぎょく でいちゅうに いなり)

という言葉があります。

ちなみに・・・、

新作のいなり寿司ではありません。

(なんでそーなるのっ)

(今日は欽ちゃんかよ)

泥の中にいても、本物は輝いてるのさ。

というような意味ですが、

その人の輝きが大きければ大きいほど、

多くの人が見つけやすいものですねー。

お金がないからできないという人は、

お金があっても何もできない。

というような言葉がありますが、

それと同じことで、

己の境涯に愚痴を言うことは簡単ですが、

今の境涯で輝くことができなければ、

どこにいても輝くということは、

無理なことです。

舞台を選ばず、

今この場所で輝けるから本物であり、

輝くことに条件をつけない人が本物。

ということでしょうかー。

いってみれば、至宝のギャグは

バカウケ・ややウケ・ドッチラケをも、

凌駕する。

ということになりましょうかー。

(なにがだよ)

(いや、欽どこ)

ということになると、

やってるうちに天職になったとしても、

また、天職に呼ばれたとしても、

己の内側を輝かせることができれば、

活躍の場所はいくらでもある。

ということになりますが、

拙者の輝きは、

袖口で鼻水を拭いたときにつく、

テカテカの袖口が精一杯でござる。

(ばんざーい、なしよ。)

(つーか、小学生か?)