竹中半兵衛さんと稲葉山城

竹中半兵衛さん

竹中半兵衛重治。

美濃の国(現在の岐阜県)を治める、

斎藤氏の家臣、竹中重元さんの長男として、

竹中氏の居城、菩提山城にて生まれたそうです。

前守護の土岐氏を追放し、

美濃を治めたマムシの道三さんは、

息子の義龍さんの謀反により自害します。

この結果、

道三さんの娘、濃姫の嫁ぎ先である、

尾張の信長さんと敵対するようになり、

それ以降、織田氏と斎藤氏は、

争うことになりますが、

その争いの最中、義龍さんが病死し、

義龍さんの息子の龍興さんが、

14歳という若さで、

美濃の国主を継ぐことになるわけです。

暗愚な三代目?

14歳で斎藤氏を継いだ龍興さん。

まー、実際のところはわかりませんが、

少なくとも名将ではなかったと、

伝えられています。

酒や女が好きだったとか、

祖父の代からいる美濃三人衆と呼ばれた

重臣を遠ざけ、

お気に入りの家臣を側に置いたりするなど、

国を治めることに

あまり熱心ではなかったといわれてますが、

まあ、結果的に龍興さんは、

信長さんに国を取られたという、

いわゆる敗者であり、

歴史は勝者に都合よく語り継がれることも

大いにあることですから、

本当のところはわかりません。

まあ拙者の14歳といえば、

遊び三昧、ファミコン三昧でしたので、

暗愚も暗愚、大暗愚でしたが、

(お主と比べられる龍興さんって・・)

龍興さん、しっかりしろよ!という、

ある事件が起きます。

半兵衛さん、一筆啓上?

ある日、竹中半兵衛さんが、

龍興さんの居城である、

稲葉山城に登城して帰る時のこと。

ふざけた龍興さんの若い寵臣達が、

櫓の上から、

下を歩いていた半兵衛さんに向かって、

しょんべんをしたそうです。

寵臣達は、

普段から龍興さんに可愛がられているし、

半兵衛さんも当時21歳とまだ若いし、

という感じで、調子に乗ったんでしょう。

その時、

パラパー パパパパパパ  パラパー

と、必殺仕事人のテーマが、

半兵衛さんの頭の中で、

流れたとか流れてないとか。

そんな折、人質として稲葉山城にいる、

弟の久作さんから、

体調が悪くなったと手紙が来ます。

まあ、その手紙も、

半兵衛さんの策だったかも知れませんが、

手紙を読んだ半兵衛さんの気持ちを、

仕事人風に言うと、

一筆啓上、火の用心。

こんち日柄もよいようで、

あなたのお命もらいます。

てな感じですかねー。

龍興さん、城をとられる

すぐに、半兵衛さん。

長持(衣装ケース)を用意して、

その中に刀やら鎧やらと、武器を詰め込み、

家臣を16人連れて、

「弟のお見舞いでーす。」

と、まんまと城に入り、

久作さんの元へと向かいます。

難攻不落の稲葉山城とはいえ、

特に戦もない平常時であり、

緊張感もあまりなく、

また、守備をする家臣も、

ほとんど城にはいません。

そこで半兵衛さん。

夜を待ち、長持に入れていた武器を身につけ、

いきなり謀反し、城を乗っ取ります。

その時、仕事人、中村主水だったら、

なかなか来ないもんですなあ。

仕事人のいらない世の中は。

とでも、言うのでしょうかー?

とにもかくにも、不意をつかれた龍興さん。

寵臣と共に城を捨て、鷺山に退いたそうです。

城を返して閑居

まんまと稲葉山城を、

乗っ取ることに成功した半兵衛さんですが、

その後、さっさと龍興さんに城を返して、

自身は近くの山に閑居します。

言ってみれば、そんな状態では、

国を治めることはできませんぞ。

また、つまらぬ者を近づけていては、

このようになりますぞ。

という諫言ですが、

仕事人風に言うと、

言わぬが花とは申されど

ひとこと言わせていただきます。

あんたが見るか、おいらが見るか、

誰かが地獄を見なけりゃ終われねえ。

という感じですかねー。

己の職を失っても、

また、命を失うとしても、

主君のために諫言する。

そしてそれを、命をかけて成し遂げるのが、

半兵衛さんの凄さです。

後に、秀吉さんの二兵衞と呼ばれた、

どん兵衛と、どん兵衛天ぷらそば・・・。

(それは、日清さん)

じゃなくて、

竹中半兵衛さんと黒田官兵衛さんですが、

秀吉さんの天下取りは、

この二人の軍師の力なくして、

できなかったことではないでしょうかー。

さて、一方の龍興さん。

この諫言で、少しは目が覚めたのでしょうが、

結局、受け継いだ国を守ることができず、

信長さんに国を追われてしまいます。

その後は、越前(現在の福井県)の、

朝倉氏に加わり、信長さんと戦い続け、

刀根山にて戦死。と信長公記にあります。

己のことは横に置き、

世のため、国のために生きることができる人と

酒が好き、お気に入りの家臣が好きなどと、

己の欲望を大事に生きる人では、

生きている境涯が違うし、

境涯が違えば、やはり、人の器や品格、

そして生き方が変わってくるわけですねー。

人の道

人を殺めておきながら、

人の道もないように思いますが、

現代と違って、当時は戦国の世ですし、

己、己と生きるような者に従えば、

世はやりたい放題になり、

欲望のためだけに血が流れるような、

ただの狼藉者、

または狼藉国家に成り下がるわけです。

例えが、チトあれですが、

とても危険だ。という意味の言葉で、

「気違(きちが)いに刃物」

という言葉があります。

己の欲望のことしか頭にないような輩に、

刃物を持たせると、

己の欲望を満たす使い方をする反面、

美味しいものを作って食べてもらいたい。

と、考える料理人の方たちや、

きれいになって喜んでもらいたい。

という、理・美容師さん、

病を治して元気になってもらいたい。

という、お医者さんなどが使うと、

同じ道具でも全く違う道具になります。

ようするに、使う側の動機。

つまり、世のため人のためか、

己の欲望を満たすためかによって、

道具の用途や性質が左右されるのは、

武士の世も現代も同じであり、

また、道具や環境に善悪があるのではなく、

己次第というのも同じことですが、

武士の世は現代以上に、

やりたい放題の人間が出やすい環境。

であったにもかかわらず、

これまで、歴史を積み重ねることができたのは、

「人の道とは世の役に立つこと」

という思考が、強烈にあったからであり、

また、その思考がなければ、

人が住む国として成り立つことはない。

ということであり、

またそうでなければ、日本という国は、

力のある者が刃物を振り回して欲望を満たす、

ただの狼藉国家。

だったのではないでしょうか?

まあ拙者、こんな国家だと、

あんまり住みたくありませんが・・・。

(誰も住みたくないだろ)

ようするに、

武士が己を横に置き、最小の犠牲を目指し、

世のため人のため、家のためと生きるのは、

むしろ当たり前であったわけです。

話がそれてしまいましたが、

そんな風に考えてみると、

人として、どこを目指すのか?

という生き方も、大変大事なことですが、

その前にまず、人の道を歩けなければ、

「気違(きちが)いに刃物」になる可能性が、

あるということですから、

拙者もいいかげん、

半兵衛さんのように、己を横に置き、

世のため人のためという、

人の道を歩けるよう、

精進せねばいかんと、思うのでござる。

(どん兵衛食べるのが精一杯)

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