困っている人がいたら、今、即、助けなさい

「困っているひとがいたら、今、即、助けなさい」

私は島を一周する途中で出会った

老人のこのことばを聞いて、

そうだよなと思うようになった。

ひとを助けるにおいて、

少し、それまでは

動き出す前に考えてしまうことがあった。

ここで助けることが

本当に本人にとっていいことなのか、

ためになることなのかどうか、

と。そのつど悩んだ。

しかし、このことばを聞いてから

それを実践するようにした。

その島のひとたちは、ひとの話をきかない

森川すいめいさん著

交差点で100円拾わない

先日・・・、

交差点で100円拾ったよ♪ではなく、

交差点で信号待ちをしていると、

運転手さんが閉め忘れたのでしょう、

交差道路を右折してきた、

ハーイハイ ハムじゃないー♪じゃなくてー、

八百屋さんのトラックの荷台の、

保冷庫のドアが開いたままになっていて、

中に積まれた野菜の段ボールが、

丸見えになっていました。

今すぐコレ 交番届けよう♪でもなくて、

早く教えてあげないとヤバいなー。

と、思ったので、

信号が青になったとたんに馬の手綱をゆるめ

(アクセルを踏みだよな?)

車線を変更しながら、

何台かの車をかわしつつ、

ツインツインカムカム ターボだぜ♪と、

追いかけると(そんな感じで、追いかけてない)

4つ先の信号で停止しているトラックの横に、

なんとか並べました。

ドアを開け「運転手さん」と声をかけ、

ドアの方向を指差すと、はっとした顔をして、

すぐに運転手さんがトラックから降りてきて、

「いやー、助かりましたー・・・。」

(友蔵 こころの俳句)

といいながら、ドアを閉めました。

(運転手さんは友蔵さんじゃないだろ!)

(ツッコむの、そこかよ・・。)

今、すぐに

ま、こういうケースであれば、

教えてあげた方がいいと、

はっきりわかるでしょうから、

「動き出す前に考えてしまう」

ということはないでしょうけど、

「助けていいのかなー?」と、

行動を躊躇することってありますねー。

ですが、この本の著者、森川さんが、

島で会った老人から聞いた言葉は、

「困っている人がいたら、今、即、助けなさい」

ということでした。

「困っている人がいたら助けなさい」

という言葉なら、ちょくちょく聞きますが、

「今、即、助けなさい」というのは、

拙者は、あまり聞いたことがありません。

まあ、ようするに、

いつだって俺は全力さ 速さでは負けないよ♪

という感じですねー。

(なにがだよ)

する後悔、しない後悔

よーく考えてみると、

「あのとき、やっておけばよかった!」

という、声をかけなかった後悔より、

助けようとして、

「大丈夫ですって、言われちゃった。」

という方が、助けようとしたり、

声をかけなかった後悔に比べて、

軽いのではないでしょうか。

それに、相手に声をかけないと、

「助けが必要なのか、必要ないのか」

ということも、理解することもできません。

「死ぬときに後悔すること」

みたいな情報がありますが、

それらを読んでみると、やった後悔より、

やらなかったという後悔の方が、

圧倒的に多いものです。

ま、拙者も己を振り返ってみれば、

やった後悔より、

「やっときゃよかったなー」ということを、

今でもよく覚えているものです。

まあ、ようするに・・、

ああ無念 リンダのへそよ 今いずこ

(友蔵 こころの俳句)

って、感じでしょうかー。

(ウララーウララー)

己の心を整えた人

まあ、それと、やっぱり人助けって、

己の心次第かなーと思うわけです。

心に余裕があるときや、調子がいい時に、

手を差し伸べることはできても、

(それは素晴らしいことです)

例えば、自分に余裕がないときや、

問題で頭がいっぱいな時であっても、

コンスタントに手を差し伸べ続けるには、

己の心を整えていなければ、

できないことだと思うわけです。

「己の心をまずは整える」

そうしてはじめて、まわりのお役に立てる。

まわりに、手を差し伸べることができる。

そういうことかなーと思うわけです。

とかなんとか、

拙者もそんなことを考えておりますが、

なんだかんだ、おかげさまで、

さまざまな人の力に助けてもらい、

今の拙者があるわけですから、

拙者もこれからは、

ああ無念 リンダのへそよ 今いずこ

と、こころの俳句を読んでしまうと

リンダ困っちゃうので(なにがだよ)

「今、即、助けなさい」という、

島のご老人の言葉にならって、

やらなかった後悔をしないよう、

生きていきたいと、思うのでござる。