損得と優劣と成果主義と愚か者

努力するのはいい。

汗を流すことも美徳です。

でも、あなたは宇宙の片隅の

チリのひとつにしか過ぎない。

たいしたものではないのです。

誤解のないように言いますが、

「怠け者になりなさい」「怠けなさい」と

言っているのではありません。

結果にこだわるな、

「自分でなければならない」

「自分が頑張らなければならない」

と決めるな、背負い込むな、

ということを言いたいのです。

自分は種をまくことにしましょう。

ただひたすら種をまくことに

専念しませんか。

花開くのを見るのも、実を得るのも、

自分で確認しなくてもいい、

次の人に委ねよう、それでいい・・・、

そう考えれば、目の前で結果がすぐに

出てこなくてもいいでしょう。

小林正観さん著 宇宙を貫く幸せの法則

損はイヤ、得が好き

「損はイヤ!得が好き!」

まあ、しゃーない。笑

多くの人がそうでしょう。

ていうか、拙者もそうです。

(おまえもか!)

拙者も含め、だいたいの価値観は、

損はイヤ、得がいいという価値観や、

優れた人がいい、劣った人はイヤという、

価値観だったりするものです。

そして多くの人は、

損得や優劣という価値観しか知らないので、

幸せもこの価値観の先にあると思ったり、

またこういう価値観にしかない。

と、感じたりしています。

ですがこの価値観を持ち、

こういう価値観を追いかけている人って、

自分は幸せだと即答できない人です。

と、言いつつ、

そういう人の中でも、幸せ!って

即答する人もいるとは思います・・・。

それは、どういう人かというと、

超わがままに生きている人とか、

「今は」幸せ。という、

一時的に条件が付いた人。

ようするに、

「一時的に欲が満たされた」ことが、

幸せだと勘違いしている人のことです。

人間ってたいしたもんじゃない

引用した文章の中にもありますが、

人間など、たかがチリであり、

たいしたものではありません。

バカ道を歩いている拙者流に言うと、

人間はみんな愚かな生き物なのです。

(拙者はその代表)

まあ、ようするに、

「おーろーかなー者よ♪」

ということですねー。(萩原健一さんの方)

そんなことはさておき、

損得や優劣の価値観を持っていると、

例えば、自らを下にする生き方や、

「己はたいしたことがない」という言葉を

受け入れることは難しいですよねー。

受け入れるには、価値観を変えてみるとか、

価値観の幅を大きくしなければなりません。

価値観を変えることができないと、

「己はたいしたことがない」という

出来事に遭遇したとき、

限界を超えてでも、

また、命をかけてでも、

「己はたいしたことがない」という事実を

払拭するため、頑張ってしまうわけです。

価値観が違えば住む世界が違う

ということになると、

損得や優劣の価値観とか、

「結果を出せる人が、素晴らしい」という、

成果主義の価値観の世界では、

「おーろーかなー者よ♪」という拙者は、

アウトー!ということですし、

萩原健一さんの「愚か者よ」

寝たきりの生活を、

余儀なくされている人も、

ダメじゃん。ということになりますねー。

また、今までは超優秀な人だったとしても、

もし、交通事故にあい、不自由な生活を、

余儀なくされることになったら、

君ダメじゃん。になるわけですが、

「これって本当に正しいこと?」

ってことになるわけです。

本当に正しいことって?

拙者のような、

「おーろーかなー者よ♪」

からしてみると、

本当に正しいことというのは、

一部の人がそう思うものではなく、

文化、時代、人種、状況など一切を問わず、

全ての人を貫くものじゃね?

と、思うわけです。

そういう感じで考えてみると、

いやー、100人いても、1000人いても、

1位はひとつしかありませんので。

みたいな、

一部の人だけが達成可能な、

損得や優劣、成果主義の価値観って、

全ての人を貫いた真実とはいえねーし。

と、なります。

つーか、仮に1位になれたとしても、

「次は転落するかもしれない」とか、

「次も1位でなければ」

みたいな生き方って、幸せなのか。

だって、そういう人が幸せなときって、

1位になれた時だけでしょうからねー。

花が開くのを見るのは、

他人ではなく、己が見るからいいんだ。

という、損得の価値観も、

あってもいいと思いますが、

己の利だけを追いかけていると、

得ようとして、毎回戦い、疲れ果てても、

結局得れずに、満足もできない。

ということに、多くはなるものですし、

たまたま、得ることができたとしても、

「次も、また次も」と、

求め続ければならないわけです。

まー、言ってみれば、

快楽(よろこび)だけがー いつも真実ー

それがー じんせい♪

みたいな生き方に、なってしまうわけです。

井上堯之さん宇崎竜童さんの「愚か者よ」

(作曲したのが井上堯之さん)

永遠の幸せ

「おーろーかなー者よ♪」の

代表の拙者からしてみると、

まわりが損得や優劣の価値観や、

「結果を出せる人が、素晴らしい」という、

成果主義の価値観であっても、

己までその価値観に従うことはない。

と、思うわけですねー。

ようするに、

「何かができなければ幸せではない」

という価値観だと、

幸せに条件が付いてしまうし、

そんな幸せなら、

幸せになれる人は少ないということです。

ですので「今のままで幸せ」で、

いいんじゃないでしょうかー。

それは、損得や優劣や成果主義の価値観を、

いったん横に置くことで、

だんだんと見えてくることだと思うのです。

ですが、損得や優劣の価値観を否定したり、

結果を出すことを否定したり、

競うことを否定しているのではありません。

ていうか、

何かを手にしなければ、幸せじゃなーい。

っていう、価値観の人であれば、

幸せになるために、悲壮感をもって頑張る!

に、なってしまうものですが、

今幸せな人が頑張って、1位になっても、

「今も幸せだけど、さらに幸せー。」

って、だけですからねー。

ですので、

どちらかに偏った価値観ではなく、

価値観を広く持つといいんじゃないかな。

ってことで、

愚か者の拙者は、街を走ってきますよー。

近藤雅彦さんの「愚か者」

(ちなみにこちらは、愚か者)