否定する人、しない人

否定されること

批判なら問題ありませんが、

人から否定とか非難をされることって、

多くはつらいことかもしれませんねー。

とかなんとか言ってますが、

誰かから否定をされても、

拙者の心はたいして動きません。

(おかしいので、そっとしておいてください)

否定や非難されたことに目を向けると、

悲しいやら情けないやらで、

心がチクチク痛いかもしれませんが、

「己がダメだから否定された」なんて、

己を責めることはまったくありませんよー。

どうしてかって?

世の中の人間は全て同じだからです。

(ちょっと何言ってるかわからない)

失敗を責めるということ

この世に完璧な人間など、

実はどこにもいないわけですが、

だけど、いるんじゃない?と、

思っている人はいるかもしれませんし、

「自分は完璧で優秀な人間だ」と、

思っている人もいるでしょう。

(本当にいるのか?)

まあ、とはいえ、

「失敗したくない」と思っても、

つい、してしまうのが人間ですよねー。

いってみれば、それが人間の証拠であり

それゆえに人間なのですが、

「俺様は失敗しないし」という人は、

もはや人間ではありません。

そう、それは神や仏というものです。

(みなさん、俺様を崇めましょう)

そんな一部の俺様は、

失敗を責めてもいいのかも知れませんが、

(まあ、確実にいませんけど)

俺様でなくても、失敗を責めている人はいます。

ですが拙者は、己も失敗するのに、

どうして他人を責めれるのだろう?

と、思うわけです。

おかげさま

いやー、それがしもかつて、

たくさんの失敗をしてきました。

というより・・、今でもしているんですよー。

(な~に~ やっちまったなぁ!)

クールポコのネタ

そしてその都度、世間に受け止めてもらい、

そのおかげさまで、

ここまでくることができました。

ある日、海の中で、

おしっこをしてしまったんですよー。

(な~に~ やっちまったなぁ!)

(男は黙って立ちション!)

ですが、海に許してもらえたように、

数々の失敗をいろんな人に、

受け止めてもらってきたからこそ、

今の拙者があるわけです。

まあそれは、みなさんも同じですよねー。

ですが、現実には、

偉くなれ、優秀であれと誘導され、

偉くならなければと己を追い込み、

窮屈に人生を生きているような気がします。

己が失敗を許せない状況で生きていると、

やはり、人の失敗には厳しくなるもので、

状況によっては、

もう二度と同じ道を歩めなくなるまで、

失敗した人を追い込むこともあります。

でもそんな人だって、

今まで失敗をしてきてるんですよねー。

立場が変われば

自分の側からだけ見た景色で、

それぞれの正義をぶつけ合って、

例えば国と国、思想と思想、宗教と宗教は

争いを繰り返しているんですよー。

(な~に~ やっちまったなぁ!)

(男は黙ってピース!)

己が見ていることだけで判断をする人が、

「ちがうんだよなー」と、

そうじゃない人を否定すると、

力が強ければ、いじめになります。

力が強いには、口がうまいとか、

実際に腕力が強いとか、

権力があるなど、いろいろありますが、

まわりから「いじめただろー」と思われると、

己自身が正義面できませんからねえ。

いじめって、たったそれだけのことです。

だから、いじめられてる人って、

本来なにも気にすることはないんです。

己と考え方が違うというだけで、

「おまえは、間違ってる」と、

上手に言いかえてる人がいたんですよー。

(な~に~ やっちまったなぁ!)

(男は黙ってトランプよりじゃんけん)

ま、人間は誰でも間違えるものですが、

本当に間違ってるよ。と伝えるのなら、

淡々とわかるように説明すればいいだけで、

子どもじゃないんですから、

力は特に必要ないんですよねー。

バカでなにがわるいの?

神や仏に比べれば、全ての人間はバカですが、

失敗を責めたり、偉くなれと言う人はいても、

バカでいいという人は、あまりいません。

ていうか、己のバカさ加減がわかるから、

「あー、もうちょっとマシにならんと」

と、真剣に思えるものであり、

だから、努力もできるってもんです。

そして、努力という行動に失敗は付き物。

そんな感じで考えてみると・・・、

失敗を責める人っていうのは、

努力をしてない人だと思うんですよー。

(な~に~ やっちまったなぁ!)

(男は黙って、失敗をネタにしろ!)

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