楽しい人と楽しくない人

社会の問題を自分でいっぱい抱え、

暗い顔して悩んでいる人がいます。

その人は問題点を

次から次へと列挙してくるだけだから、

たぶんその人のそばにいても

楽しくないと思います。

ところが、いつもニコニコしながら、

今日も空がきれいだとか、

庭の花がきれいに咲いたとか、

いつも楽しい言葉が

その人から出てくるとします。

その人のそばにいるのが

楽しくなりますよね。

小林正観さん 宇宙を貫く幸せの法則

社会の問題

己の問題ならいざ知らず、

「○○になったのは、政治が悪い!」

などと、社会の問題をいっぱい抱え、

暗い顔して悩んでいる方というのは、

稀にいるものですねー。

なんだか、社会の問題をいっぱい抱え、

暗い顔して悩んでいる。と書くだけで、

多少、疲れてしまいましたが、

みなさまは、いかがお過ごしでしょうか?

小林正観先生も書かれているように、

そういう方って確かに、次から次へと、

悩みや問題点が目につく思考の習慣を持っていて

暗い顔になるためのネタには、

不自由がなさそうですが、

他人事ですけど・・・、

常に問題をいっぱい抱え、

暗い顔をしながら生きているって、

「大変だなあ、おい」などと思ったりします。

己の問題

不満や悩みを数える人生というのは、

逆に考えれば、社会や人生に対する、

不満や悩みが増えていくということなので、

最後は人生が面白くないという結論にまで、

至ってしまいそうです。

というより、至るでしょう。

まあ、なんでもかんでも

「キー、キー」と、反応していたら、

拙者のようにおっさんになってくると、

もう身が持ちません。(そりゃそうよ)

このような思考習慣を持つと、

どんな人であっても、

人生が嫌になってくるでしょうが、

それだけではなく、まわりにいる人まで、

一緒にくらーくなってしまいます。

まあ、ようするに、

「ごめんね、ごめんねえーっ」という

感じでしょうかー?

(U字工事か!)

でーすーがー、

まわりを見渡してみると、

「関係ないねっ」(あぶない刑事風に)と、

決して無責任ではなく、

生きている人はいるもんだし、

また「拙者より大変そうだ」と思える人でも

「なんか問題でも?」という感じで、

生きている人はいるもので、

「それって結局、己の問題じゃね?」

などと、思ったりします。

不満や悩みだけじゃあねえ

己の幸せを己以外に求めてしまうと、

常に「まわり次第」の人生ですねー。

「まわり次第」の人生とは、

己の人生は常にまわりに支配されている。

ということです。

不満や問題意識を持つことが、

よくないと言っているわけではなく、

不満や問題意識を持って、しゅうーりょうー。

にしてしまうと、暗さしかなくない?

と、拙者は思うわけですねー。

不満や問題意識があるなら、

不満や問題意識を持ってオシマイ。ではなく、

改善策を考え、そうなるよう行動すればいい。

不満だけ言って終わりにしてしまうと、

「不満があるから変えてね」→

「変えてくれないから、俺不幸」

となり、最後は、

「俺の人生、まわり次第かー!」

と、頭を抱えてしまうじゃん。

と思うのです。

幸せって、誰の元にも等しく

今ここにあるものだと思いますが、

不平不満の人生では、

それに気づくことすらできません。

そんな感じで考えると、

不平不満の人がまわりにいても、

そんな人たちに影響されず、

なるべく楽しく生きていくのがいいよね。

ということになり、

ようするに、不平不満の人たち、

ごめんね、ごめんねえーっ。

ってことに、なるんですよねー。