はだかにて うまれてきたに 何不足 

はだかにて うまれてきたに 何不足

人はみんな、裸で生まれてきたのだから

何も不足はないだろう・・・というのは、

俳人、小林一茶の句だといわれています。

物欲の世の中です。

ようするに、たくさん持っている人が

立派な人だし、憧れの人だわー。

って人が、多い世の中ってことです。

なんだかいつも「足りない、足りない。」

「あれが欲しい、これが欲しい。」と、

拙者の欲も尽きませんが、

同じように欲に支配された人も、

ちらほらいるみたいですねえ。

パンツはいてたら勝ち

死ぬ時にパンツ一つはいてたら勝ちやないか

と、言ったのは、

明石家さんまさんだといわれていますが 、

この言葉も先ほどの句と同じで、

人間って、みんな、

最初から何も持って産まれてきてないじゃん。

ということですねー。

人は裸で産まれてくるけど、

成長するにつれて欲が増えていき、

気がつくと、欲を追求していく生き方に

なってしまうのかもしれません。

まあそれでも、

楽しく生きていければいいんですけどねー。

なかなかそうならないのが世の常で。

世の中というものは、うまくいくことより

うまくいかないことが多いので、

欲しいと思っては、思い通りにならない、

欲しいと思っては、思い通りにならないを

だいたいは、繰り返すことになります。

そんな感じでいくと、お金をためるどころか、

だんだんと不満がたまっていき、

「なんか人生、パッといかねえなー」と、

閉塞感や不幸感を感じてしまうものです。

そしてその閉塞感や、

不幸感をなんとかしてやろうと、

さらに欲を求める・・・。

みたいなパターンの人が、

結構、多いと思いませんかー?

便利さは進歩?

「便利さは進歩」みたいな言葉がありますが、

少し乱暴な言い方をすると、

「進歩じゃなくて、後退じゃね?」

と、拙者は思ってしまうんですよねー。

便利になることって、

とてもありがたいことですが、

「思い通りにならないなー」

「なんとかしてやる!」というメカニズムは、

足をジタバタさせて泣く子どもと同じで、

「欲を満たしたい」ということですから、

まあ、行動が欲に支配された生き方です。

ですので、

欲とうまく付き合う方向の人ではなく、

「思い通りにしたーい」

みたいな人が増えてくると、

心を整えることができない人が、

増えてきた昨今。

いかがお過ごしでしょうか。

などと、お便りを書くことになるので、

「人として、後退してるんじゃね?」

と思うんです。

(なに言ってるかわからない)

拙者もその便利さの恩恵を受けながら、

生きておりますので、

「何を言ってるんだ?」という感じですが、

便利さを追求することが、よくないよねー。

というのではなく、

欲に行動を支配された人が、

欲を満たすために便利さを追求しても、

ずっと、苦は続きますよ。

ということが、言いたいわけです。

欲を満たそうとする方向ではなく、

欲とうまく付き合う方向に、

重心を移動していかなければ、

「欲しいよー」

「思い通りにならん」

「それでもなんとかした-い」

「むーりー」

「つらーい、苦しいー」

という流れは、変わらないと思いますねー。

ですので、拙者は、

「便利はありがたいが、それだけ」

「できなくなったら、しゃーない」

という感じで、

便利さに固執するのではなく、

便利さも不自由さも受け入れることが、

大事だと思うわけです。

己の欲とうまく距離を取り、

付き合うことができたら、

もう欲に支配されることはありませんから、

「欲しいよー」

「思い通りにならん」までは、同じでも、

「ま、しゃーない」に続くので、

その後の、

「それでもなんとかした-い」

「むーりー」

「つらーい、苦しいー」

という流れとは、お別れすることができます。

ようするに、

「思い通りにならん」から、

「それでもなんとかしたーい」

に、続いてしまうほど、

欲に己の重心があることが問題で、

「便利は大好きだけど、不自由もまあ。」

ぐらいに重心を移動すれば、

人生のつらさが、かなり減るわけですよねー。

はだかにて うまれてきたに 何不足。

なんにも不足はありませんが、

(本当かねえ?)

拙者はすぐに風邪をひいてしまいますので、

夏にもう一度言っていただいても、

いいでしょうか?

(やっぱり、不足だらけじゃねーか)

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