悩みを解決する方向性

自分の悩みや苦しみの原因が

自分のこころにあるという発想を、

世間の人はあまりしません。

そう考えるのはつらいので、

避けているのです。

それに、もし心の問題だと考えても、

それをどうしたらいいのかわからない。

ですから、ほとんどの人は

安易な問題解決の仕方をしてしまいます。

たとえば、お腹が痛いなら、

素直に正しい胃腸薬を飲めばいいのです。

だけれど、そうするためには、

正しい胃薬が存在するということを

まず理解しなくてはなりません。

そのうえで、正しい胃薬がどこにあって、

どうやって手に入れられるのかを

知ることが必要です。

そうして初めて正しい胃薬が飲めるわけです。

これらの条件がなかった場合に、

人はどうするでしょうか。

どうしようもないです。

それで胃の痛みを鎮めるために、

あらゆることをします。

どこかに何か美味しいものを

食べに行こうとか、

ショッピングをしましょうとか、

あるいはお酒を飲みましょうよ、

どこかに旅行しましょう、

流行のお洋服を着ましょう、

お芝居観ましょう、映画観ましょう、

あらゆることをして、

なんとかして自分の気持ちをハイにする。

そういうことにものすごく

努力をしています。

あなた本当はお腹が痛いんでしょ?

なのに、なぜ、そこまで

お酒を飲まなきゃいけないんですか?

なぜ、そんなに美味しいものを

食べなきゃいけないんですか?

なぜ、そんなふうに旅行しなきゃ

いけないんですか?

みんなお腹が痛いからじゃないですか。

痛みを感じないようにするためですね。

そうやってごまかさないでください、

と私は言いたい。

青空としてのわたし 山下良道さん著

快楽は苦の薬にはならない

美味しいものを食べよう。

旅行に行こう。お酒を飲もう。

こういうことで、人生の悩みを、

何とかしようとしている人には、

あまり聞きたくないことだと思いますが、

心の苦しさを、こういったことで

一時的にごまかしたとしても、

根本を解決しない限り、

結局、苦は永遠に続いてしまいます。

そうならないためには、まず、

自分の悩みや苦しみの原因って、

どっか違うところにあるんじゃなくて、

自分の心にあるんじゃない。という発想を、

してみるということですねー。

快楽を求めると苦を製造する

そして、それ以上に問題なのが、

原因に対処せず、違うごまかし方をすると、

今度はそれに依存してしまうということです。

どういうことかというと、

例えば、苦しみを旅行でごまかすと、

当然、旅行は楽しいでしょうから、

その時は苦を忘れることができますねー。

そうなると、その次もまた、

苦しみを忘れるために、

旅行でごまかしたくなるものです。

そうなってしまうと、

旅行前から抱えていた苦しみは、

なにひとつ変わらないうえに、

「また旅行をするための努力」

という苦しみが増えるわけですから、

苦は2重に増えてしまいます。

次もうまく旅行が出来ればいいですが、

例えば、体調を悪くしたり、

給料が下がるなどの苦しみがやってきて

そのおかげで旅行にも行けなくなった。

みたいになると、もう悲惨です。

ようするに、

どうして旅行に行かねばならぬほど、

苦しいのか?が問題であり、

旅行で苦しさの埋め合わせをする。

というやり方では解決できない。

ということです。

こんな人生であれば、

永遠にマイナスを0にする作業に追われ、

誰でも、疲弊してしまうもので、

もうようするに、永遠の0です。

(ゼロ戦の話ではない)

このような自分のごまかし方は、

まず覚せい剤をタダで渡し、

その快感を覚えさせ、

覚せい剤なしではやっていけなくさせ、

最後に売りつけるようなものだと、

山下先生はおっしゃってします。

もうこうなると、問題解決ではなく、

ただのコントロールであり、

「YOU、地獄にいっちゃいなよ」

「つーか、いくでしょ」

って感じですが、

でも、根本を治療する薬を、

提供することができない人や団体が、

あれやこれやで依存させ、

時間やお金を詐取することって、

現実にあるわけです。

心を整える生き方

何が問題かというと、

マイナスを創造する生き方や思考に、

問題があるわけで、

マイナスを創造するから、

埋め合わせをしなければならないわけです。

マイナスを0にするために、

せっせと労力を使わずとも、

0から力を使うことができれば、

プラスにすることができるのにー。

って感じですね。

マイナスを創らない生き方に、

己を変化させていくということは、

己の心を常に0に整える習慣を持つ。

ということです。

仮に+10のときであっても、

苦しみ同様、喜びに心が支配されては、

同じことになりますから、

喜びや苦しみを感じても、

それに心まで支配されてしまわないよう、

心を整えていくわけです。

それにはいろんな方法や、

いろんな角度からのアプローチがあって、

ここに全てを書くことは出来ませんが、

自分が惨めな人は、

惨めさを創造するしかできないように、

苦を手放している人しか、

本当の薬は出せない。

ということを頭に入れておけば、

少なくとも、偽物にダマされることは、

なくなるんじゃないでしょうかー。