利他の人と我利我利亡者

夢は何ですか?

「はい、なんですかー」は、

金八先生ですが、

「夢はなんですかー?」と聞くと

いい暮らしをすること!

○○に旅行にいくこと!

出世!お金持ちになりたい!などと、

答える人もいると思います。

ですがこういうものは、

満たされた瞬間から覚めてしまい、

また次、さらに次へと新しいものを求める、

動物的な欲望のことですからー。

ざんねーーん。という感じですが、

欲望を夢にしてしまうと、

「夢が叶う」ではなく「欲望が叶う」

というより・・、

「欲望が満たされる」となってしまいます。

今の人は、幸福と快楽の区別を知らない。

快楽を得ることが幸福だと思っている。

という、作家の武者小路実篤さんの

言葉があるようですが、

まさにその通りで・・・・。

人間も動物なので、快楽を満たすことは、

幸せの一つに違いはないのですが、

動物的な欲をいくら満たしたとしても、

それはあくまで動物の幸せであり、

人間の幸せではありません。

はい、いいですかー。

欲望を否定するつもりはありませんが、

動物的な欲ばかりを追求し、

欲望と距離を取ることを忘れると、

この、バカチンがー!ということで、

人間の幸せを知ることはないでしょうね。

(なんだか金八先生になってる)

我利我利亡者

我利我利(がりがり)亡者

という言葉があります。

はい、いいですかー。

ガリガリといえば、ガリガリ君ですねー。

ガリガリ君は埼玉県にある、

赤城乳業さんが販売する人気の氷菓子です。

じゃなくて。

「我利我利」とは、

自分の利益になることばかりを常に考え、

利益を追求することであり、

「亡者」とは、とり憑かれたように、

一つのことに執着する者。

ということで、

あまり書きたくはないのですが・・・、

己の利益だけを、憑りつかれたように、

常に追求している者。

それが我利我利亡者ということになります。

まあ、簡単に言えばバカチンですね。

利他の心

我利我利亡者は、己が我利我利亡者だと

気が付いてない人が多いようです。

自分はいつも頑張ってるのに、

幸せになれない!○○のせいだ!きゃー!

などと、言っている人がいますが、

(きゃー!とは言ってない)

はい、いいですかー。

人の振り見て我が振り直せ。

このバカチンが。ということで、

(なにが?)

己の利益だけを求め、我利我利と頑張って、

誰があなたを応援してくれるんですか?

という話です・・・。

ていうかー。

そんなことも見えなくなるぐらい、

欲望に心を支配されてしまったのか!

などと、エラそうに書いていますが・・、

まあ、実は拙者も、まだまだなんです。

平常時は聖者でも・・

「拙者は我利我利ではない」とか、

「昔は我利我利亡者だった!」という人も

いるかと思いますが、

心に余裕がなくなってきても、

よその子が食べてるガリガリ君を見て、

うらやましいなーとか、食べたいなーとか、

遊びたいとか、休みたいとか、

そんなことおまえいっぺんでも思うてみろっ!

ではなく、

(後半、母に捧げるバラードになっとるがな)

我利我利ではない行動をとれますか?

と、聞かれると、

難しい場合もあると思うわけです。

人間の本性とは本来、

余裕がないときや緊急時に出やすいもので、

逆に言うと、余裕がないときや緊急時に、

どんな行動をしていたかを観察すれば、

普段見せている姿と違うかは、

一瞬で判断できるというものですねー。

また、

平常時なら我利我利してないよ。となると、

少なくともその方は、己のことばかり、

考えていないわけですから、

平常時であれば、利他の人に、

グーンと近づいているということになります。

それには心に余裕がないと、

難しいことかもしれませんが、

心に余裕がない場面でも、

いかに利他心を持てるよう精進していくか?

本来、こういうものが、

人間が求めるものだと思うし、

欲に重心を置くのではなく、

こちら側に重心をかけて生きていくのが、

人生というものではないかと思うわけです。

なにげない普段の生活で、

利他心を持つことができなければ、

緊急時や余裕がない場面で、

利他心を持つことはできないもの。

そのように考えてみると、

欲望の追求を人生の基礎にして生きる、

我利我利亡者たちであるからこそ、

夢や志という言葉が、

欲望という言葉にすり替わるのは、

仕方がないことでしょうが、

とりえず、ガリガリという言葉は、

ガリガリ君を美味しく食べるときだけに、

したいものですねー。

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