夢窓疎石国師

恵林寺

夢窓疎石は鎌倉時代の臨済宗の僧です。

七人の天皇から、夢窓、正覚、心宗、

普済、玄猷、仏統、大円という、

7つの国師号を天皇から贈られ、

七朝の帝師と呼ばれていたようです。

甲斐の国、今の山梨県にある恵林寺は、

夢窓国師を招き、創建された名刹のようで、

その後、甲斐国主の武田信玄さんにより、

恵林寺は寺領を寄進され、

武田家の菩提寺になったようです。

そのときに入寺したのが、

甲斐に攻め込んできた織田家に、

敵を匿ったと、寺を焼き討ちされたとき、

「心頭滅却すれば、火もまた涼し」と、

言ったといわれる、快川国師だそうですが、

最近では、違う僧侶の言葉だという

資料が出てきたりして、

快川国師ではないという説もあるようですねー。

夢窓国師の逸話

あるとき国師が、

弟子と渡し舟に乗っているとき、

酒に酔った一人の武士が船に乗ってきて、

大声を出しながら騒ぎ始めたそうです。

船は揺れるわ、うるさいわで、

「この、おっさんたまらんわー」

なんとかならないものかと、

お客さんはみんな思ったようですが、

武士を怖がってみんな黙っていたようです。

国師は、その様子を見て、

「おい、こら、ヘタレ武士、静かにせんかい」

「船も揺れ危ないし、少し静かにしてくだされ」

と、武士に声をかけましたが、

「危ないのならお前が降りろ」 と言い返し

鉄扇で国師の眉間を叩いたそうです。

眉間から血が流れるのを見た弟子は、

元は朝廷を警護していた屈強な武士であり

腕には覚えがあったので、

「な~にぃ~、やっちまったな~!」

(クールポコ。風に読んでください)

「貴様、何をするか!」と立ち上がって、

今にも飛びかかろうとしたそうです。

それを見た国師は、

「YOU、やっちゃいなよ」

(てか、ジャニーさん?)

「まだ、昔の癖が抜けんと見える。」

と、その弟子を戒めて、書いた歌が

打つ人も打たるる人も諸共に

ただひとときの夢の戯れ

という句だそうですが、

いい加減にしろよ、拙者。

諸行は無常

拙者を含め、今を生きる多くの人は、

出来事に心を左右されてしまうものです。

まあ、今の時代だと、

ワイドショーがわんさかやってきて、

「酔っ払い武士、僧侶を殴打」的に始まり、

司会者が「どーですか○○さん」と話を振り、

「いやー信じられないっす、殴るなんて」

「酒は飲んでも飲まれるな。ですよねー」

みたいな感じでしょうか?

確かにおかしいのは武士であり、

非があるのは揺るぎのないことですが、

人間やっていれば、

誰にでも、いろんなことは起きるわけだし、

その起きた出来事にいつまでも執着して、

怒りなどの感情に振り回されて、

人生を生きるって、どうなの?

ということですねー。

起きた出来事を、

ずーっと引きずりながら生きるのか?

それとも、そのようなものは、

みんなに起きることだし、

いちいち気にすることじゃないと、

楽しい人生に目を向けようと、生きていくか?

ということです。

思うようにならぬのが人生ですから、

思うようになれと執着していれば、

苦は増すばかりです。

どうせ思うようにならず、

嫌だなーと思うようなことが、

これからも起きるのであれば、

せめて、その後のやるせない気持ちは、

持ったままにせず、そこに置いて行こう。

そういう大きな人物が、

夢窓疎石という国師であり、

そういう大きな人物に、

拙者もなりたいと思うのでござる。

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