思いと想い

思いと想いの違い

思いと想いという言葉には、

やはり意味の違いがあるようで。

(当たり前だろ)

文化庁の記載によれば、

思いとは、主に広い範囲で使われる言葉で、

思考・意思・思案など、

考えることに対して広く使われ、

想いとは、思いほど広い範囲で、

使われるわけではなく、感想・空想・回想など

対象を特定して考えるように使われる。

ということでござる。

うーん?それがしですかー?

そりゃあ、重いに決まってるでしょう。

思想

思いとは広い範囲を対象にする、ということは、

ようするに、だいたいの方向性を決める、

ってことってことですよねー。

例えば、競馬で例えると(なんで競馬だよ)

競馬でもをしようかね?と、

試案することが思いだとすれば、

着順の予想をすることが想い。

そして、拙者は馬券が外れて気が重い。

(うるせーよ)

かと思えば、

「映画でも観に行こっかなー」と

思考するのが思いで、映画を見た後で

「こりゃ、全米が泣くわ」と、

映画の感想を話したりすることが想い。

そして、スピードワゴンの井戸田さんが、

オチに使うセリフは、あまーーい。

てな感じで、思いと想いが重なると、

「思想」になるが(てな感じってなにが?)

ようするに、思想とは1つのまとまった考え。

ということになり、拙者の場合は粗相になる。

(あー、そうだねえ)

ちなみにローマ字で書くと、

SOSOUとなり、なんだかかっこいい。

思いと想い

そんな感じで考えてみると、

思いとは、自分の行動の原点であり

スタートということであり、

想いとは、行動した先にある

対象についての考えになる。

ということは・・・

まずは思いがなければ、

想いもないということになる・・・。

なるさ。なるだろう。なってしまえ。

例えば、

「あー恋をしたいなー」と思っていれば

やがて誰かを好きになるだろうし、

好きになれば相手が対象になるため、

片思いから、相手に心で両想いになる。

ま、拙者の場合、片思いではなく、

「あー肩重い」とか「片腹痛いわ!」だけど。

ようするに、想いになっちゃったから、

相手の気持ちを想ったり、

何を考えているのだろう?と

相手の心を想像しようとするわけだねー。

(なんだかフレンドリー)

だーけーどー。

しっかりとした思いが心にあり、

己の中では「絶対な正義」だと思っていても

悪党には悪党の正義があるというように、

他人の側から見ると、

「正義じゃねーし」ってことなんて

たくさんある。

ようするに、共感が大事というか、

自分の思いと世間の思いのすり合わせが

できてなければ、

いくら正義だといっても、

ただ、己の価値観を押しつけ、

相手を否定しただけじゃん。

みたいになってしまうのでござるなー。

思いを持って人生を歩くことは、

とても素晴らしいことだけど、

思いだけでは何か足りない。

思いの先に想いがあってこそ、

他の否定や己の価値観の押しつけ、

ひいては暴力のない社会に

向かっていけるもんでござんしょう。

(おまえ、誰だよ)

思いやりと、相手を想うことを、

いつも両手に持っておくことができれば、

いいのでしょうが、

それがしは片手で、

しかも重い槍でござるが・・、何か?

(何か?じゃねーよ)

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