世智弁聰(せちべんそう)

世智弁聰というのは

調子のいい、口先のうまい

いわゆる要領のいい人間のことです。

損か得か、片手にいつもそろばんを持ち

いざという時には必ず

得の方へまわってしまう人間のことです。

他人の善意を裏切っても

自分は絶対に損の立場には立たない

世渡り上手な人間のことです。

それが世智弁聡。

そして、世智弁聡の人には

真実の出逢いはできない

といわれております。

これは大変きびしくて

こわい話ですよね。

人とつき合うのにね

「そんかとくか」のそろばんだけで

動いていたらね

「そんとく」の範囲内でしか

人とおつき合いができませんから。

そろばんに合わなければすぐやめる。

それでは真実の人

絶対者との出逢いはできませんね。

一生感動 一生青春

相田みつをさん著

損得という生き方

「損か得か、これが大事だ」

という座右の銘を持っているような

生き方をしている人はいますねー。

こういう動物的な生き方を、

「どうにかしたいなー」と、

思っている人からすれば問題ですが、

まあ、本人が好きでやっていることですし、

まったく問題はないことです。

いずれにしても、

例えば、格闘技などの体重別階級のように、

相応しいモノと釣り合いが取れるのが、

人生というものですから、

損得で生きようが、なんだろうが、

己に相応しいものが返ってくるだけで、

それぞれ好きにすればいいわけですねー。

損得じゃない生き方

拙者は、人間を生き切りたいと

思っておりますので、

動物でもできそうな生き方には、

余り興味がありません。

僕たちはこの街じゃ、

夜更かしの好きなふくろう

本当の気持ちかくしている

そうー カメレーオーン。

という、エコーズの「ZOO」という歌が

ありましたが、歌っていたのは、

今じゃすっかり作家さんといった方がいい、

辻仁成さんでしたねー。

ていうか、今はなんだか、

長髪の料理好きな作家さんでしょうか?

(こらこら)

駅とか、ONEWAY RADIOとか

BADBOYとか好きで、よく聴いてましたが、

「らしいやつだらけのヒーローぽいもの求め」

て、生きるのって、ダッさ。という感覚、

今でもここにありますねー。

そんなことは置いておき、拙者も、

「どこか隅の方で僕も生きてるんだ」

という感じでしょうし、

動物的な生き方を放棄することはできませんが、

やはり、人間として生まれたからには、

人間にしか見ることができない景色。

そういうのに、さらに興味があります。

己も損得優先の生き方をし、

そして、損得優先の生き方をしている人に、

今までは囲まれて生きてきたけど、

そういうの、もういいや。という人には、

「世智弁聡の人に真実の出逢いはできない」

という言葉は、励みになる言葉かもしれません。

人は人

他の人がどうか?というような、

つまらぬ事はさておき、

この後、相田みつをさんは、

このように文章を続けています。

ところで世智弁聰ということ

他人ごとじゃありません。

「自分はどうか?」と

自分に問いかけてください。

自分自身に問いかけないものは

無責任な世間話です。

「そこで自分はどうか?」

仏さまの教えの対象はいつも

「この自分」です。

人のことはどうでもいいことです。

ようするに、自分自身ですねー。

いくら他人のことを文句を言っても、

人生はなーんにも、変わりません。

こうして読ませていただくと、

世智弁聰という言葉は、

誰の事でもなく、己に向けた言葉であり、

今日、あの時、世智弁聰でなかったか?と、

己を顧みる言葉だと思うわけですね。

調子がよく、口先がうまく

要領のいい人間が拙者であり、

そして今、こうして学ばせていただいても

喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうような、

愚か者のそれがしであるということを、

きちんと頭に入れて生きねば、

そっくりなサルに指を差されてしまいますので、

いけませんよねえ。

(ていうか、そもそもそっくり)