人間の最大の罪は不機嫌

自分の機嫌

横にいるだけでわかるぐらい、

なんだかわからない、

モヤモヤとしたエネルギーを出している人が、

たまーにおります。

人間の最大の罪は不機嫌だよーん。

と、ゲーテが言ったとか、

言わなかったとか・・・。

まあ、己の機嫌って己の問題ですから、

自分の機嫌は自分でとるものじゃない?

と、拙者は思うのですが、

世の中にはそうじゃない人もいるようで、

機嫌が悪くなった責任を、

己の考え方や受け取り方ではなく、

他の責任にしている人もいるようです。

まあ、どちらにしても、自分の機嫌って、

不機嫌よりは穏やかがいいと思うのが、

多くの人の考えではないでしょうかー。

余裕がある人きれいだな

赤いスカートを犬にかじられた後

自分のスカートと犬の服に仕立て直し

「余裕がある人キレイだなー」と歌が流れる

資生堂のCMを覚えてますか?

これです↓

アクアレーベル つるつる肌 「犬」篇

心の穏やかさは、智恵がもたらす美しい宝石。

という、ジェームズ・アレンの言葉が

あったと思いますが、

確かにイライラする事って簡単だし、

小さな頃から教えてもらわなくても、

誰にでもできることですから、

そう考えると、心の穏やかさとは、

智恵がもたらす美しい宝石だな、と思います。

小さいころならまだいいんでしょうけど、

「あれから40年。昔ダーリン、今ダラリン」

みたいに、(なにが?)

40年経っても、なんかいつも機嫌悪そうで、

まわりに気を使わせてる人って・・・。

と、思いますねー。

穏やかさって、長きにわたり忍耐強く、

自制心を培って得られるものですから、

そりゃあ、イライラした人より、

余裕がある人が素敵ですよー。

それだけ積み重ねてきたということですからー。

と、拙者は思うんです。

腹が立つ理由

なんで、イライラしたり、

腹が立ったりするんでしょうね?

なーんでか?それはね(堺すすむさん風に)

ま、結局、思うようにならないから。

思い通りになって機嫌がよくなる人はいても、

不機嫌になる人は、

あまりいないでしょうからねー。

思い通りにならないと、腹が立つ。

そして「腹が立った原因はあいつだ!」

となるので他人を責める。ということですが、

いってみれば、

「好きな石、昔はダイヤ、今墓石。」

みたいなもんで(きみまろさん風)

「こうなったらいいな」という、

基準を作っているのは自分です。

どういうことかというと、

例えば、こういう方にプレゼントするなら、

ダイヤより墓石ですが(そうなの?)

「プレゼントならダイヤでしょうー」

と、片方は思い、もう片方は、

「ダイヤをもらっても、あの世に持っていけん」

と、思うわけです。そうなると、

「なんだよ、せっかくプレゼントしたのに!」

「ダイヤなんて気が利かない!」

と、なってしまいます。

ようするに、

双方の「こうなったらいいな」が

「思い通りにならない」に変化して、

イライラに変わる。

そして「わがままな人だ!」

「いい年して気が利かない!」

と、相手を責めるようになる。

ようするに、自分が正しい、

相手が間違っているという考え方ですねー。

自分が正しい

「自分が正しい」という考え方は、

問題ないと拙者は思ってます。

じゃなければ、自信がない感じの生き方に

なってしまいます。

かといって、

「自分は間違ってる」という考え方も、

問題ないと思っています。

でないと、慢心して、成長できず、

高慢な生き方に続いていくからです。

なにやら、拙者。

言ったことを忘れたうえに、

言おうとしたことも忘れたのか?

という、状態みたいですが、

何が言いたいのかというと、

「自分が正しい→あいつが間違ってる」

「自分が間違ってる→あいつが正しい」という、

相反する考えをセットにしてしまうことが、

不機嫌にとってはマズイわけで、

「自分は正しい→あいつも正しい」

「自分は間違ってる→あいつも間違ってる」

と考えれば、不機嫌が緩和されるわけです。

吉田拓郎さんの歌、

「唇をかみしめて」の歌詞の中に、

何かはわからん、足りんものがあったけん

生きてみたんも、許されることじゃろうー

という、歌詞がありますが、

「自分とあいつは違う」という感じの

己が絶対神というようなスタンスで、

相手を責めるのではなく、

また「己は価値のない人間で、相手は神」

というような考えで、

自己否定をするのでもなく、

同じく歌詞の中にあるように、

「裁くもー、裁かんもー、空に任したんよー」

という感じで、

「エラそうにしても、所詮、お互い人間」

という考えが根底にあれば、仮に失敗しても、

「あいつがおかしい!」とか、

「自分が間違えてしまったために・・」と、

不機嫌にはならず、

「しゃーない、次は頑張ろうや。」で、

自分も他人も許せるんじゃね?

と、思うわけですよー。と・・・、

人生、登りつめてもいないのに、

もう下り坂の拙者が書いております。

こういうのって、

「偉くなれ、出し抜け、勝て!」みたいな

今の世の中と逆の考えかと思いますが、

その世界の考え方と離れないかぎり、

不機嫌は影のようについてくる。と、

拙者は思っているわけですでござるが、

(なんだこれ?)

もう二度と、見たくはないでしょう、

もう二度と、読みたくもないでしょう。

滲み出る毒舌、あふれる嫌味、

そして、こぼれそうなお腹の拙者が、

謹んでお慶びを申し上げます。

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