ニセ教師はフィーバー

この世には、いかにもまともそうに見える

ニセ教師がたくさんいる。

彼らが教えることは、

世渡りに役立ちそうなことばかりだ。

これこれをすると得になる。

こういう判断をすると損をしない。

人づきあいはこういうふうにしろ。

人間関係はこうやって広げろ。

こういう事柄はああだこうだ。

よく考えてみよう。

ニセ教師の教えることは、

すべて価値判断だ。

人間と事物についての本質の見方など、

これっぽっちも教えてくれはしない。

こうして人生の本質すらわからずに

生きていっていいのかな。

超訳 ニーチェの言葉 白鳥春彦さん著

世渡りと本質

世渡りがうまい生き方の、何がわるいんだい。

と聞くと、

「いいでしょう。(児玉清さん風に)」

としか、言いようがありませんが、

(何様かっ!)

世渡りがうまい生き方を目指すことと、

反対に世渡りをしない生き方を目指したり、

本質を追求する人の行動の源泉は、

ざっくりいえば、

欲かそうでないか?ということです。

文中にもあるように、

これこれをすると得になる。

こういう判断をすると損をしない。

人づきあいはこういうふうにしろ。

人間関係はこうやって広げろ。

みたいなことは・・・、

なんちゃら元大統領にも教えた、

カリスマコーチなんちゃらーの

なんちゃらプログラムーみたいですが、

(欧米かっ!)

特に、世の真理や仕組みを知らずとも、

その場の対応で取り繕えるものです。

世渡りの思考

なぜ渡るのか?

そこに川があるから・・・。

ではなく。(冒険家かっ!)

「なぜ、世渡りが必要なのか?」

ということを考えてみると、

楽して成果が得れそうだとか、

楽して成果が得れそうだとか、

楽して成果が得れそうだとか・・、

まあ、こんなところでしょうが、

(わからんのかっ!)

ようするに、チョイチョイと

渡っていく生き方でいいということは、

少なくとも継続して、しっかりしたものを、

求めようとする生き方ではないわけです。

いってみれば、

しっかりしたものじゃなく、

代替えがきくものでOK。

ようするに一時的に満足するような

「安物買いの銭失い」

みたいな人生ということです。

(ことわざかっ!)

本質の思考

一方、本質思考の人が求めているものは、

「一時的な幸せ」ではなく、

「幸せの本質」です。

本質を知るには、

「幸せって、どういう仕組み?」

と、向き合ったり、

問いに取り組むことで見えてくるものです。

ようするに、「継続」して

「真理の方向」に向かって「積み重ねていく」

という3つの「 」が必要になり、

K(継続)S(真理)T(積み重ね)で、

これをKST理論と呼びます。(嘘です)

(セミナー講師かっ!)

また、KSKになると、

「結婚してください♡」となり

(DAIGOかっ!)

KKKになると、

「もう、なにがなんだか。」(お手上げ)

ということになりますが、

(秘密結社かっ!)

ようするに、一時的な欲に心を支配され、

一時的な損得を求めていく生き方では、

本質はつかめないわけです。

いってみれば、損得ばかり考えて、

「価値、価値」なんて言っていると

カチカチ山になっちゃうぞー。

ということですねー。

(タヌキかっ!)

(サルかっ!)

(どういうこと???)

大は小を兼ねる

本質を知ろうとしている人は、

一時的な考えの人より、

少し時間はかかるでしょうが、

いつかは、

「世渡りで見えるものなど、たかが知れている」

と、言える日がくるかもしれません。

やはり、本質を知ろうと生きている人や、

また、知っている人でなければ、

そこに至る道は手渡せないものですから、

それなりに時間をかける意義があるわけです。

ようするに、大は小を兼ねる。

ということですねー。

損しますよっ、いいや得しましょうー!

カリスマコーチなんちゃらーの

「そんなあなたの、世渡りプログラムー!」

みたいな先生は、

嵐を巻き起こすー(フィーバー)

どんなときだって-(フィーバー)なので、

(世界一受けたい授業かっ!)

それが「すてき♡」と思える人が行き、

一時的に効く薬ばかり与えられ続ける。

ようするに、一時的でいいんだよ。

それが続いてもいいんだよ。

根本的に解決しなくてもいいんだよ。

という人以外は、

そのプログラムではダメ。ということです。

まあ、そんなの、みんなダメじゃん。

と思いますけどー、

常々、自分の損得を考えていて、

損得のことしか教えられないティーチャーを、

チョイスしないように、するでござるよ。

(欧米かっ!いや、武士かっ?)