死にざまは生き方を映す鏡

死にざまは生き方を映す鏡

死にざまは生き方を映す鏡

己に恥じぬよう生きるのみじゃ。

NHK大河ドラマ、真田丸で、

遠藤憲一さんが演じていた、

上杉景勝さんのセリフですが、

「これレトルトだよね?レトルトだよね?ありえなーい。」

とは、言っていません。

(NHKは商品のCMはしません)

(そういう問題じゃない)

己に恥じぬよう生きることと、

人様に恥ずかしくないように生きるのは、

似ているようで、まったく違いますよねー。

己を優先するのか、評価を優先するのか?

ま、本当なら、

どちらも満たせるといいのでしょうが、

どっちを優先すれば、

コスパがいいのでしょうねー。

(コスパじゃねーだろ?)

誰の人生なのか?

例えば、誰の人生を生きるのか?

という論点から考えてみると、

そりゃあ、自分の人生に決まってるでしょうー。

と、言われてしまいそうですが、

評価を優先して生きるということは、

誰かの望むように生きるということですから、

「もう、誰かの人生じゃね?」と聞かれると、

「このカレー具がない?」

「溶け込んでるのか?」と、

勘違いされるかもしれません。

(カレーなら、それでいいじゃねーか)

まあ、トンカツもあうみたいだしね。

(そうなのねって、何が?)

まあ、これらを踏まえて考えると、

己に恥ずかしくない生き方が、

いい死に方につながりそうですが、

(カレーは踏まえなくていい)

そもそも、誰の人生でもなく、

己の人生なのですから、

人の評価に寄せていく生き方よりは、

後悔は少ないものでしょう。

ただ「人の評価なんぞ関係ねえ!」と、

かっこいいことを言っていても、

「実は欲望に正直に生きたいだけ」

ということなら、

マジ、恥ずかしいですけどねー。

己に恥ずかしくない生き方

人に恥ずかしくない生き方も大事ですが、

己の思いに沿って失敗した場合なら、

諦めはつけやすいかもしれませんが、

人の評価を気にして失敗した場合だと、

わりと、悔やんでしまいそうです。

そのように考えてみると、

まずは、己に恥じない生き方で選択。

そして、人に恥ずかしくない生き方も求める。

という順番が「しかも4袋入り!」みたいで

いいのかもしれませんねー。(まあカレーはね)

ですが・・・、

人に恥じぬ生き方と、己に恥じない生き方。

「どっちを取る?」という選択になった場合、

できるかどうかは別として、拙者なら、

己に恥ずかしくない生き方を選択したいと、

思うわけです。

向かっていった失敗は、

まだ、切り替えることができますが、

評価を気にして失敗みたいなのは、

拙者の場合、結構、尾を引きます。

同じ失敗でも、

後で振り返って「ちーん」と思う失敗は、

なんか「負けた感」が全然違うんですよねー。

とかなんとか、エラそうに言ってますが、

やろうとすると、なかなかに難しいものです。

ですが、旅立つときのことを考えると、

後悔は少ない方が、

潔く旅立っていけるわけですから、

欲望や世間体にとらわれて、

己が納得する選択を、

積み重ねることができない生き方って、

コスパよくないなーと、思うんですよねー。

(今日の夕餉はカレーです)

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