それぞれに相応しい

山頂まで登山電車できた人は

登山家と同じ太陽を見ることはできない。

アラン 幸福論 合田正人さん著

目的が違えば・・

「行ってきました♡」と一言を添えて、

SNSに投稿することが目的なら、

山頂まで登山電車で行ってもいいっすよ。

(何様?)

というより、むしろ投稿目的なら、

電車で行きたいものでしょうねー。

また逆に、

「見ろ!人がゴミのようだ!」と

頂上で、心から叫びたいのであれば、

(なにが?)

まあ、多少は歩いて登っていただきたい。

(ちょっと何いってるかわからない)

ようするに、電車で登った人が見る太陽も、

歩いて登った人が見る太陽も、

物質的には全く同じ太陽ですが、

考えていることや目的が違えば、

同じ太陽に見えない。ということですねー。

それぞれでいい

考えていることや目的が違えば、

同じものでも、受け取るものが変わる。

ということは、反対から考えてみると、

何を受け取りたいかを考えれば、

どうすりゃいいってのが見える。

ということです。

まあ、海賊になりたいのなら、

「40秒で支度しな」は、

外せないということです。

(天空の城ラピュタ知ってます?)

というより、40秒で支度ができたパズーに

「3分間待ってやる」と、

3分も時間を与えるから、

「バルス!」って唱えられるんだよムスカ君。

ということで。

(知らない人にはさっぱり)

何を受け取りたいかを考えれば、

どうすりゃいいってのが見える。

ということが、ムスカには、

見えていなかったということです。

(ただのこじつけ)

まあ、そういうことで、

SNSで自分の行動を報告してどうすんだ?

という議論はさておき、

単純に太陽を投稿したければ、

電車で行くがいい!

太陽を見て心から感動したいのなら、

歩いて行くがいい!ということで、

自分が何を受け取りたいかにより、

どうすることが一番いいというものも

変わるということですねー。

それぞれに相応しい道

段々と何を言っているか、

わからなくなってきましたが、

(おまえが原因)

のどが渇いている時に飲むお茶と

のどが渇いてない時に飲むお茶は、

同じお茶でも、味の感じ方が違うけど、

味の感じ方には優劣がないように、

苦労や涙と歩いた道がよくて、

平穏に歩いた道のりに価値はない、

などという、良し悪しもありませんが、

単純に、歩いた道に相応しい景色が

その先に待っている。という、

違いだけはあるよー。ということです。

そういえば、天空の城ラピュタが

テレビで放送されるさい、ツイッターでは

「バルスの日」なるものがあり、

映画の中で「バルス!(滅びの言葉)」と、

主人公たちが言葉を唱えるタイミングに合わせ

「バルス!」と一斉にツイートするという

祭りがあるそうですがー。

いってみれば、

そういうテレビのみかたもあり、

純粋に作品を楽しむというみかたもある。

ということであり、

片方から見れば、

それぞれがいいならそれでいいじゃん。

なんだか今日はやさしいわねー・・・。

おしまいっ。となるところですが。

反対から見てみると、

目先のことだけにとらわれて、

行動を積み重ねていくと、

あとでソレに相応しいものを、

手にすることになるのもお主だぞ。という、

わりと怖い教訓にもなるわけですー。

(バルス!)

(なにが?)

とりあえず、

エラそうな口をきくんじゃないよ、

娘っこ一人守れない小僧っ子が!

と、叱られたところで、

エラそうに言っている、

おまえは何を積み重ねてきたんだ?

ということですがー、

・・・・・

・・・

「見ろ!人がゴミのようだ!あはははー」

(これ、あかんやつ。)