成功する人、しない人

成功を手にできないでいる人は、

自分の欲望を犠牲にしようとしない人である。

実業面の成功であっても、学問的、

あるいは精神的な成功であっても、

とにかくあらゆる成功は、

まじめな、粘り強い努力の結果です。

どれもが、同じ法則に従って、

同じ道筋をたどって出現します。

それぞれの成功に存在する違いは、

その対象が違うという点だけです。

成功を手にできないでいる人は、

自分をコントロールしようとしていない人です。

私たちは、もし成功を願うならば、

自分の欲望、身勝手な考え、気まぐれな感情を、

積極的に犠牲にしなくはなりません。

この作業は「自己犠牲」とも呼ばれていますが、

これを「自分自身を無くしてしまう行為」

だとする解釈は、明らかに間違いです。

自己犠牲とはそもそも、

心の中から悪いものを取り除き、

そこを良いものだけで満たして、

自分自身のあらゆる能力を高める作業なのです。

ジェームズ・アレン著 坂本貢一訳

きっと!すべてがうまくいく

自分の欲望を犠牲にする

自己犠牲、自分の欲望を犠牲にする・・・。

「あー、嫌な言葉だぜー。」と、思われた方

もしかすると、どんな分野であったとしても、

成功できないかも知れませんよー。

というお話です。

「自己犠牲なんかしなくても成功できる」

「欲しいという欲望が力になるのさ」

という方には、まったく関係のない話ですから、

「たくさん儲けようぜー。」

みたいな方のお話を、お読みくださいませ。

(何様?)

自己犠牲と聞くと・・。

個性を押さえたり、我慢すること。

なーんて考えてしまいそうですが、

実はそんなことではなく、

簡単に言えば、

「エゴをなんとかしようぜ」ということです。

じゃあ、エゴってなによ?ということですが、

例えば、お金儲けをしていい暮らしがしたい。

というようなことです。

わたしの豊かな生活

え?そんなのみんなやってるじゃん?

と思われた方。

でーすーよーねー。

確かに、結構な人が、

それを目的にして生きてます。

ですが、

「お金儲けをしていい暮らしがしたい。」

って、よく考えてみると、

エサをたくさんストックして、

不自由のないアニマルライフを送りたい。

と、動物さんも考えているでしょうから・・・

・・・

・・

これ以上、拙者の口からは言えません。

(いや、言ってるよな?)

不自由のないアニマルライフが

「自分(家族)の不自由を解決する。」

ことが目的だった場合、

「あんただけなんかい!」

と、ツッコミをいれたくなりますし、

「うん100点!間違ってない!」とは

思えないのではないでしょうか?

(いつのまにか動物の話になっとるがな)

まあ、自分の不自由だけを解決したい

という人と、どっかで知り合いになっても、

「感動した♡応援する♡」

とは、なりませんからねー。

もう一つの豊かな生活

などと、言いつつー。

本当は、エサをたくさんストックして、

不自由のないアニマルライフって、

別の角度から見てみると、

実は悪くないことだったりします。

ようするに、その目的に、

誰かのためとか、何かのためといった

理由がつくと、

「感動した♡応援する♡」

となるわけです。

ようするに、

同じ活動は誰がやっても同じ活動ですが、

動機が変わると、活動が全く変わってくる。

ということですねー。

例えば「わたしのため」が動機の人が、

「ぜひ、お役に立ちたい!」と、

言ったとしても、

詳しくは説明しませんが、本当は、

「ぜひ、お役に立ちたい!・・・ニヤリ。」

ということですから、

損得もなく、純粋に、

「ぜひ、お役に立ちたい!」と言うのとは

同じ言葉でも全く違ってきますよねー。

まあそんな人が、

「今日は○○で役に立ってきましたー」

などと、ネットでPRするので、

「ぜひ、お役に立ちたい!・・・ニヤリ。」

という人が、目立っているかもしれませんね。

動機を見破る

「ぜひ、お役に立ちたい!」と、

純粋に考えている人は、

活動をPRすることはほとんどありません。

まあ、その現状を知ってもらい、

考えていただくための、

情報として発信することはありますが、

誰かや何かの役に立つことが目的であって、

自分の役に立てるためではないからです。

マザー・テレサが、ノーベル平和賞を受賞され、

賞金を受け取ったとき、

「この賞金でパンがいくつ買えますか?」

と、お聞きになったとか、

受賞の晩餐会も中止にしてもらい、

その費用を貧しい人々のためにとお願いした。

などと、いわれます。

拙者などは、先日、

はじめて会った遊び人と、

ハメを外して遊んだあと、

岡っ引きにしょっぴかれてしまい、

目の前に出てきたお奉行さんが、

「あの遊び人だ!」と気づいたとき、

目を丸くしたものですが、

(もしかして、金さん!?)

その人の動機を見ず、外見だけを見て、

その人や活動を判断しようとすると、

見誤ってしまいますよー。ということです。

(おまえが言うと納得)

マザー・テレサのように、その動機が、

言動や行動に表れているのならともかく、

「ぜひ、お役に立ちたい!・・・ニヤリ。」

という人をみつけたら、心の中で

「うらうらおもてー♪うらおもてー♪」

と、歌えるように、

その人の動機を観察することが、

大事なのではないでしょうか?

(なんだこの歌?)

自己コントロールが成功の条件

拙者などは、芯がないので、

どうしても影響力が大きく、

声が大きい人の意見を聞くと、

「そうなんですかー?」と、

つい、引っ張られがちですが、

声が大きいというだけで、

その意見にうなずいたら、

気がつくとミスリードされていた。

ということはよくある話です。

まあ、応援してもらえるということは、

うまくだましているか、

役に立っているかのどちらかですから、

きちんと役に立とうとせず、

自分の欲望、自分の欲望と考えていては、

だんだんとメッキがはがれ、

やがて誰も応援をしてくれなくなり、

気が付くと「あの人は今」みたいに

なってしまうものでしょう。

この文章は最後にこう結ばれています。

自己コントロールは、(私の)心のレベルが、

「悪いものを受け入れるには気高すぎる」

といえる水準に達するまで、

粘り強く続けられるべき作業なのです。

悪いものを受け入れるには、

拙者の心は気高すぎるでござる。シャキーン

とか、

またつまらぬものを、斬ってしまった・・。

(これはルパンの五右衛門さん)

などという言葉を、

拙者も言ってみたいものですが、

まあ、世の中はバランスですから、

自分が出したものが返ってくるし、

蒔かない作物は実らないし、

やったらやっただけというものですから、

欲望や、身勝手な考え、

気まぐれな感情をきちんと整え、

常日頃からいいエネルギーを出せるように、

拙者も精進するでござる。

(もうしょっぴかれるなよ!)