欲に引かれ、誘惑されてしまうと・・・

人はそれぞれ自分の欲に引かれ、

おびき寄せられて、誘惑されるのです。

欲がはらむと罪を生み、

罪が熟すると死を生みます。

(ヤコブの手紙1:14-15)

ヤコブが、国外に散っている

十二の部族へ送った手紙の一節である。

欲が罪を生む、という戒めである。

中でヤコブは、

「貧しい境遇にある兄弟は、自分の高い身分を誇りとしなさい。富んでいる人は、自分が低くされることに誇りを持ちなさい。なぜなら、富んでいる人は、草のように過ぎ去って行くからです」と教えている。

人間には、あすのことはわからない。

人間のいのちは、いったいどのようなものか。

ヤコブは、

「あなたがたは、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません」

と説いている。

ところが人間は、

「むなしい誇りをもって高ぶっています。そのような高ぶりは、すべて悪いことです」

と教えている。

星充著 聖書の知恵

誇りと埃

考えてみれば拙者も、

むなしい誇りをもって、

高ぶって生きていましたねー。

というより、誇りではなく、ただの埃。

(なんだか、くしゃみが)

もう、なんだか知りませんが、

「有名になりたい!」とか、

「お金持ちになりたい!」とかそんな誇り。

じゃなくて埃ばかり求めていましたねー。

(ハ、ハ、ハクショーン、だいまおーう♪

今考えてみると、そんなつまらない誇りなど

どうしたかったのか?と思いますが、

そうなることができれば、

すごいと褒められるとか、

立派な人だと認められるという、

「他人に認めてもらいたい欲求」に、

とらわれていたからだと思うでごじゃる。

(なんか変?)

認められる人やお金持ちは幸せ?

「なんでそれ、やめちゃったの?」

「別にいいじゃん。」と

思う方もいるかもしれませんが、

簡単に言えば、己の幸せではなかった。

ということでごじゃりまするよ。(?)

ようするに、人から認められることと、

己の生き方を貫くことを天秤にかけると

生き方を貫く方が幸せだった。

ということですねー。

ですがそれも、すぐにその場所に、

到達したわけではありません。

「人に認められることが幸せ」

「お金持ちが幸せ」という洗脳を

まず、きれいにすることから始まった。

ということでごじゃりまする。

(もしかして呼んじゃった?)

「人に認められることが幸せ」

「お金持ちが幸せ」に、洗脳されているときは

幸せとは人に認められることであり、

お金持ちなのですから、

「そうじゃない人は幸せじゃない。」

と、いつも思っていました。

また、そういう幸せの基準で己を見ると、

人に認められていない拙者や、

お金持ちでない拙者は、

確かに幸せじゃないのです。

だから、この考え方で間違いない。

と、思っていたわけでごじゃります。

(やっぱりいる)

幸せとは

ですが、それが幸せで間違いないのなら、

有名人やお金持ちは、

すべて幸せでなければなりません。

ようするに、自らこの世に別れを告げたり、

人生に苦悩する、有名人やお金持ちがいては

いけないわけですよねー。

「もーしーかーしーてー。洗脳されてる?」

ということに気づくには、

さほど時間はかかりませんでした。

まあ、富や名声はあってもいいが、

それだけを求めていても、

ちっとも幸せになんかなれない。

ということでごじゃりまするねー。

(どっかに算数はないですか?)

今日引用した文章の中に、

富んでいる人は、

自分が低くされることに誇りを持ちなさい。

という文章がありますが、

富んだぐらいで手にできる誇りなど、

誇りではなく埃だぞ。ということに、

自分が低くされることで気づかせてもらえる。

だから低くされることに誇りを持て。

なんだか、ホコリ、ホコリした文章に

なってしまいましたが、

ようするに、そういうことではないかと

思っているでごじゃりまするよ。

(大魔王は算数が苦手なんです)

お金持ちや認められたいって、結局、

自分だけの欲望、ようするにエゴです。

エゴをなんとか満たそうとするから、

人に応援してもらえなくなる。

でも、それだとイヤだから、

うまく丸め込んででも満たそうとする。

最初はうまくダマすことができて、

一時的に欲望を満たすことが、

できることもあるでしょうが、

やがてエゴだとバレてしまい、

だんだんと嫌われていくものです。

だけどエゴではなく、

人に喜んでもらうことをまず考え、

人の役に立てることを純粋に考え、

応援されるようになった人や組織は、

結果的に長く支持をされ続け、

結果的に富んでいくものでごじゃる。

(大魔王はハンバーグが好きです)

結果的に富んだ。ということと、

無理やり富を手にしようとするのは、

全く違うことでごじゃるが、

拙者のように、埃で見る目が曇っていると

そういうことすらも見えてきませんので、

ハ、ハ、ハクショーンとくしゃみをしながら、

欲という埃をパタパタとはらうでござるよ。

(あ、ツボに帰った!)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする