信じるか信じないかはあなた次第です

よく「教えが正しいから信じます」

という人がいます。

そういう言葉を聞くと、日本人というのは

「信じる」ということが

どういうことなのか、

ほんとうによくわかってないなあ、

と思います。

よく考えてみてください。

「正しいから信じる」という論理は、

正しいか正しくないかを判断するのは、

その判断をくだしたわたしだ、

ということになります。

「わたしがそれを正しいと思うから、わたしはそれを信じる」

ということですね。

すると、

わたしが正しくないと判断すれば、

「おまえの言っていることは間違っているから、わたしは信じられない」

ということになるのです。

もちろんこれは

人間のあいだでは通用します。

でも、神やほとけの教えが

正しいか正しくないか、という判断が

なぜ人にできるのでしょうか。

今だからこそ歎異抄、ひろさちやさん著

ロボットの時代

これからはロボットの時代だそうですねー。

なんでも、

AIという人工知能が、世を支配する。

なーんて言われています。

人が欲望を満たすために科学を追求し、

確かに便利にはなったが、

今度はその科学に支配されようとしている。

ということですが、

ぶっちゃけ、科学って、

頭が痛いときに頭痛薬を飲む事と同じで、

ようするに、人間の不満に対する、

一時的な対処法ですよね。

「あー、不便だ、不便だ」

「○○えもん、助けてー」

パッパカパッパッパーッパッパー

「どこでも○アー!」

みたいなものと同じで、

ようするに、

不満を一時的に和らげる対処法であり、

欲望に対する根本的な解決ではありません。

それはさておき、便利にはなったが、

「今度はその科学に支配されるかもー」

っと、なってしまうと

「なんでそーなるのっ!」といいながら

欽ちゃん走りで退場するしかありませんが、

拙者も、これからやってくる、

ロボット時代へ対応するために、

コロッケさんに弟子入りして、

まずは、ロボット五木ひろしから。

と、考えているでござるよ。

(ほー、それはそれで)

無知の知

話が少し脱線しましたが(少しか?)

文中にあるように、

おまえー、間違ってるー。

だからー、信じられないー。(誰だよ)

と、言ってるあなたは

「モシカシテ、アナタ神デスカー?」

ということですが、

こういうこと、

AIなら言っちゃうんですかねー。

確かにAIに、

「人間、オマエ間違ッテル。」って

言われたら、

「そっ、そーっすかぁー?」

というしかないのかもしれませんねー。

とりあえず拙者は、その頃にはもう、

ロボット北島三郎を習得している予定ですが。

(だから?)

まあ、難しいテーマですけど、

難しいとはいえ、

賢者がした判断は、賢い判断であり、

愚者がする判断は、愚かな判断。

という事実には、変わりがないわけですから、

「おまえ間違ってる」というセリフって、

本来は、その道のプロや、

賢者でなければ使えない言葉。

って、ことぐらいは、

理解しておく必要がありそうです。

己を頼りとせず、法を頼りとする

大般涅槃経というお経の中に、

自らを島とし、自らをたよりとして、

他人をたよりとせず、

法を島とし、法をよりどころとして・・・

という言葉があります。

これを「おまえ間違ってる問題」に

あてはめて考えてみると。

(いつからこんな問題が?)

他人の意見にフラフラせず、

自らを島とし、頼りとしたところまでは、

よかったのですが、

「法」という、賢者が発見してきた智慧、

ようするに真理を拠り所にしていないので、

「ただの、独りよがりな無知なオッサン」

と、なってしまい、

「アイタタで惜しい」という状況に、

なっているわけです。

ようするに、オッサンは、

「俺様が真理」だと思っているわけですが、

本当に「おまえ間違ってる」のは

実はオッサンじゃないんかい!

ということであり、

また、それに気づけないところが、

本当の無知という証拠ですが、

きちんとした答えというものは、

「世の法則」という本の中にしか、

書いてないことなんでしょうねー。