「あるある」と「ない」

「ある」と「ない」に動じない

君の頭に浮かんだ考え(アイディア)や

君の持ちものについて

「これは自分のだもん、手放したくないよー」

なんて、

君がしがみつかなくなるなら。

褒めてもらえないとか、

愛されてないとか、

約束を守ってもらえないとか、

君が「ない」に対して嘆かないなら。

「ある」にこだわらず、

「ない」に嘆かず、

君の心は無敵とばかりにやわらかくなる。

経集950

超訳 ブッダの言葉 小池龍之介さん編訳

ないものねだり

「ないものねだりをするんじゃありません!」

なんていう言葉、たまーに聞きますよね。

まあ、大人になったり、オトンになると

ほぼ、言われることはないでしょうけど。

確かに、ないものねだりが習慣になると、

次から次へと欲しくなる人。になるし、

まあ、欲望というものは、

そもそもキリがないものですから、

ないことに嘆いてみたり、

欲しい欲しいなんていうことは、

一部の欲望に憑りつかれた人をのぞいて、

みっともないことだよ。

というのが世の相場ではないでしょうか。

「ある」ということは、いいことだ

無いこととは反対に、有ることについては、

しっかり喜んでいいよー。というのが、

世の見解ではないでしょうか?

まあ、一部の人にはあっても、

「当たりまえー」と、思われていたり、

また「これがないとダメ!」と

むやみに執着してみたりと、

いろいろあるようですが、

まあ、あるんですから、

なにも泣くことはないわけで。

(誰が泣いてるんだ?)

有ると無い

このように書くと、有ることに対して、

喜ぶことは問題ないが、

無いことを嘆くことはみっともない。

みたいに感じますが、

結局、有ることにしても、無いことにしても、

どちらにしても「とらわれている」ことに、

変わりはありません。

有ることを喜び、

無いことを嘆くということは、

どちらにしても、感情が動いている。

というわけですから、

有ることを喜んでも、なくなれば悲しむし、

無いことを嘆いても、手にすれば喜ぶ。

ということになり、

グルグルと同じように、

「おめでとうございまーす!」

「いつもより余計に回しておりまーす!」

ではなく、

いつまでもまわり続けるわけです。

じゃあ、

「感情なんかいらないんだよ」と、

おっしゃるわけですかい?

いやいや、

そんなこたあーありません、旦那。

ということで(旦那?)

嬉しいとか悲しいという感情があるのは

人間ですから当たり前なのですが、

その感情にとらわれてしまうと、

感情に人生を支配され、

人生を乗っ取られてしまうということです。

先ほど、

有ることを喜んでも、なくなれば悲しむし、

無いことを嘆いても、手にすれば喜ぶ。

と、書きましたが、

これにさらに加えて、まだ失ってなくても、

「失うかもー、失うかもー」という不安。

というのも、もれなくついてきたり、

まだ欲しい、もっと欲しいと、

喜びをさらに大きくしようとして、

「思い通りにならねー」と苦しんだりします。

まあようするに、

「喜んでやっております!」

といいながら、

「わたし回す人、こちらしゃべる人、これでギャラおんなじ!」

という感じで、(どういう感じだ)

人生を乗っ取られてしまうと

海老一染之助・染太郎さんのオチみたいに、

なってしまうわけですねー。

無いも有るも構造は同じ

というわけで、

有ると喜ぶことも、無いと嘆くことも、

どちらがいいとかよくないということではなく

とらわれた時点で、

振り回されてしまうわけですから、

実はその構造は、全く同じであるわけです。

花のように、咲き誇っても

いつかは必ず散っていくのが、

人間の定めであり、世の法則ですが、

感情もそれと同じこと。

出来事に対して「ほおーっ」と、

感情を動かしても、

その感情に支配されず生きていければ、

「おめでとうございまーす!」

「四角い枡を回します。これを見ることができた方、これからもますますのご発展!」

ということです。(まあそうね)

ていうかー、海老一染之助・染太郎さん

知ってますか?

お正月に、テレビでよく見てましたねー。