賢い人とは、自分の心をコントロールしている人であり、愚かな人とは、逆にそれにコントロールされている人である。

賢い人とは、

自分の心をコントロールしている人であり、

愚かな人とは、

逆にそれにコントロールされている人である。

控えめで静かな威厳こそが、

真の成功者の第一の目印です。

他人を敬い、自分自身を大切にすることです。

他人を思いやりながらも、自分自身の道を選び、

その上を、恐れずに堂々と進むことです。

ジェームズ・アレン著 坂本貢一訳

きっと!すべてがうまくいく

人生なんてららら ららららーらー

人生は何が起きるかわかりません。

人の一生は重荷を負て遠き道を行くがごとし。

と、徳川家康が言ったとか言わないとか、

水戸の黄門さまが言ったとか言わないとか

諸説があるようですが、

このような言葉を聞くと、

やばいよ、やばいよ

みたいに思ってしまいますよねー。

まあ、ですけど、正解といえば、正解で、

結局、人生なんてららら ららららーらー

てなもんですから、

(人生じゃなく人間ね)

ようするに、思うようになることなど、

なかなかないわけです。

(何がようするになの?)

支配し、支配され

思うようになることなど、あまりない。

これが基準なんだよ。と考えれば、

何かが起きるたびに、

「やばいよやばいよ、リアルガチ」と

毎回考えなくても済みそうです。

いくら嘆いても、心配しても、祈っても、

起きるときは起きるし、起きないときは起きない

出来事なんてそんなもんであり、

ましてや、これから起きる出来事を、

いくら嘆いたり、心配したり、祈ったとしても、

疲れてしまうだけでしょうし、

未来を完全にコントロールすることは、

人間は誰にもできないわけですから、

そういう時間と力の使い方より、

もっといい時間と力の使い道があるんじゃない?

ということですねー。

ようするに、そういう人が文中にある、

「自分の心をコントロールする賢い人」であり、

逆にそれにコントロールされている人が、

「まあ、ちょっとアレな人。」

ということになるわけです。

人間なんてららら ららららーらー

そして、言葉はこう続いています。

賢い人とは、どんなときにも、

自分がどのように考えるべきかを

知っているために、

外側で発生する出来事によって

心を乱されたりすることがない人です。

しかし、愚かな人は、

外側で発生する出来事に刺激されて、

内側で頻繁に感情を爆発させながら、

苦悩の人生を歩んでいます。

ようするに、賢い人は、

どんなときも、僕が僕らしくあるために、

好きなものは好きと言える気持ちを持っている。

ものですが(槇原敬之さん?)

一方で、まあ、ちょっとアレな人は、

ロボット掃除機のように、

右へ左へと、何かがあると方向転換。

ぶつかりそうになると方向転換。

だけど心は(モーター)は常に泣いているのさ。

悲しそうな音だろー?(意味不)

という状態ということです。(なにが?)

お掃除ロボットは、

お部屋をきれいにするために、

「箪笥がでたー、ここは掃除しなくて済むー」

と、嬉しそうに方向転換しますが(嘘です)

何かあるたびに

「やばいよやばいよ、こんなところに箪笥が」

「勘弁してください、リアルにやばいよー」

と、受け止めていると、

そりゃあもう、出川さんでしょうから、

(ほうほう。)

人生なんてなんてららら ららららーらー

ぐらいで生きていけると、

ちょうどいいんじゃないですかねー。

(だから人生じゃなく人間だって)