順位をつけない徒競走

人々は、競争ではなく

創造によって豊かになれるのだということを

教わらなければなりません。

競争によって豊かになる人はだれもが、

自分が昇ってきたはしごをはずし、

他の人が昇ってこられないようにします。

しかし、

創造によってお金持ちになる人はみな、

何千人もの人があとをついてこられるように

道を空けておき、

ついてくるように励ますのです。

ウォレスD・ワトルズ著 お金持ちになる科学

順位をつけない

「手つなぎゴール」といわれるように、

最近は徒競走で順位をつけないという、

考え方もあるようですねー。

まあ、いろんな意見があっていいなと

個人的には思います。

順位をつけない理由を

「ざっくり」と探してみると、

ようするにみんな平等じゃないか。

ということであり、

差別やいじめに発展するとか、

友人と競うことを避けようという

狙いがあるみたいですねー。

この理由に詳しい方や、

実際に現場にいる方がいましたら

いろいろご教授いただきたいものですが、

まあたしかに競争とは、

勝者と敗者を分けるものですからね。

競争には賛成?反対?

で、おめえの意見はどうなんだい?

と、いうことですが、

拙者としては、どちらも賛成です。

(うまく逃げやがって)

拙者は競争がよくないと思いません。

なぜなら、人にはそれぞれ個性があるからです。

歌が上手い人、料理をつくるのがうまい人、

足が速い人、記憶力がいい人。

これって、みんな個性じゃないですかー。

そして、競争したり評価される場所があるから

「この人歌うまい!」とか、

「なんで今、冷蔵庫の中にあったもので、こんなうまいものが作れるんだー」

と、感動を呼ぶわけです。

ライバルは自分を映す鏡、なんていいますけど

競争をしないとなると、例えば

誰が歌がうまいか?が、ボヤっとしたり、

お互いの切磋琢磨も難しいと思うんですよね。

ですがその反面、

競争によって追い込まれたり、

自己否定をすることがあるのも事実。

まあ、拙者も、

「こんなこともできねえのか。チッ」と

言われたりすると、

花御殿のお菊(和久井映美さん)に泣きついて、

渡辺小五郎(東山紀之さん)などの、

必殺仕事人を呼びたくなりますからねー。

ですから、競争全然Ok!とも言えない。

というところです。

問題は競争か?

競争しましょう。

じゃあ競争をなくしましょう。

いろんな意見がありますが、

拙者は競争が問題ではないと思っています。

競争しても、いいーんです!と思うのですが、

その前にやることがあるんじゃない?くぅーっ

という考え方です。

(今度は川平さん)

問題を難しくしているのは、

競争をしても伸びる人がいれば、

へこんでしまう人もいるということです。

例えば、某人気漫画の「おっす!おら悟空」で

有名な主人公は(言うとるがな)

自分より強い敵が現れると

「わくわくする」そうです。

どっかのカウンセラーの、

「わくわくする方へ!」みたいに、

無責任ではありませんが(誰ですか)

強い敵に会うと、

「おめー、つえーなー」と、思えるのは

この戦いの先に自分の成長を見ているから

言えるセリフではないでしょうか。

ですが、わくわくする方向へ、

行ってみたのはいいけど、

戦いの先に自分の成長を見れなければ、

「おめー、つえーなー」(さいあくー)

となったり、もしくは、

「おめー、つえーなー」(ちーん)

となります。(もういいよ)

結局、その差ってなに?

ということですが、難しい言葉を使うと

自己肯定感とか自尊感情があるかないか。

ということだと思うわけです。

自己肯定感 自尊感情

己を認める(肯定)することを、

自己肯定感などと言ったり、

己を尊ぶことを自尊感情などと言いますが、

(なんか肩がこりそうですね?)

簡単に言えば、常日頃から、

己を認めることができる人は、

(驕りとは違いますよー)

一度や二度の競争に負けても、

日頃から己を認め大切にしているわけですから、

心が大きく揺るがないということです。

ですので「おめー、つえーなー」→

「よし!いい目標ができた。」という感じで

物事をとらえることができるわけですが

日頃から自己否定をしがちな人とか、

「ダメよーダメダメ」と思っている人に

(引用が不適切?)

競争を繰り返し強要し、

負けという否定が積み重なると、

「もう競争はこりごりだー」と思うのは、

ごく当たり前のことですよねー。

競争とは、勝つよりも負けることが多いもの。

ですので、競争をしてもいい人とは、

負けという結果とうまく付き合える人ですから

そのようにもっていけばいいんじゃない?

と、思うわけです。(そう簡単にはいかねー)

競争か創造か

では、どうすんだよ?というと、

自己肯定と自尊を普段から育てることです。

今の競争って、まず受験、試験、運動会ですが、

これって全部「個性無視」の競争ですよね。

いろんな個性や能力、特徴を持った人を集めて

一斉に、よーいどん。

で、結果が悪いと「もっと頑張りなさい!」

これだけだと、実際キツイわけです。

だから、「こんなことならやめようぜ。」

なのかもしれませんが・・・、

広島カープ、鈴木誠也選手のお父さんは

「勉強するぐらいなら、走ってこい!」

という感じで、育てたようですが、

「勉強は好きじゃないし苦手だわー」

という子が、テストの結果がよくないのは、

当たり前といえば当たり前です。

そこで「なにやってんだ」と

勉強好きな子に言うのは問題ありませんが、

「料理しか興味ないわー」という子に

「試験なんてどうでもいい、料理には関係ねー」

と、言える大人がいるか?

これって、大事なことだと思いませんか?

それが個性を尊重するということであり、

子どもの世界を広げることだと思うわけです。

まあ、世界が広がると、

それだけ希望も増えるわけですから、

大事なことだと思うわけですねー。

(マジメか!)

己の個性を認め、お互いの個性を、

認め合うことができなければ、

競争はすなわちケンカになりますが、

認め合うことができれば、競争は切磋琢磨です。

お互いの能力を発揮しあい、

能力以上のものを創造する道とは、

個性を尊重し合い、認め合うことです。

個人がいくら頑張ったって、

チームの創造力にはかなわないものですが、

競争も、創造の道も、

まずは個性を認め合うということだと、

拙者は思うわけでござる。