道(タオ)的なハッピーとは

ほんのちょっと

君の内側の光で見直せば、

この道が平らで広いものと分かる。

そしてもう

横道なんかに入りこまない。

だがね、多くの人びとはどうも

狭い路が好きらしくって、

そこで押しっくらをし、

先を争って、他の人の上にのしあがったりする。

のし上がった者たちが

政治や経済を支配して、あんなに

着飾ったり、巨大なビルを建てたり

とてつもない武器をつくったりする。

飲み食いに贅沢をし

金銭を積みあげる

これはみんな盗っ人のすることだよ。

あの大きな道(タオ)とは大違いなんだ。

そして確かなことだが、

こういう人たちは、ひとりの人間としては

けっしてハッピーじゃあないのさ。

Taoー老子 加島祥造さん著

ホッピー

ホッピーと言えば、

首都圏でよく飲まれているお酒ですが・・・。

(知ってます?)

じゃなくて、ハッピーについて

語ろうとしていたことを忘れておりましたが

ひとりの人間としてハッピーであれば

それは「満たされている」ということなので、

ホッピーを飲んで「苦しゅうない♡」

という状態なら、それ以上飲まないように、

(またホッピー?)

のどが渇いたようー。という感じで、

心が満たされていないから、

文中にもあるように、渇きを癒すために、

先を争うとか、のし上がるとか、

着飾るとか、支配するなどということを、

好んで求めていくのでしょう。

盗っ人

拙者が書いたのではありませんが、

そういう人たちのことを、

「盗っ人」って書いてあります。

「ちょっとひどいなー。」

なんて、思いますが。ニヤニヤ

(白々しい)

こういうことって、

内側の光から見てみると、

すぐにわかることかもしれませんねー。

(まず、おまえの心を見ろ)

内側の光ってどういうことかというと、

相手の立場で考える。ようするに、

相手側から、己の行動や思考を見てみる。

ということです。

先を争うとか、のし上がるとか、

飲み食いに贅沢し、着飾るとか、やっててどう?

ぼちぼちでんなー。ではなく、

そんなことをやってる自分を

相手側から見てみるということですね。

ハッピーな人

先を争うとか、のし上がるとか、

飲み食いに贅沢し、聞かザルとか・・・、

・・・

着飾るでしたね。

こういうことは欲に支配された、

満たされてない人、ハッピーじゃない人が、

やるもんじゃないかなーと思いますが、

皆さんはどう思いますか?

いつも心が渇き、何かに急かされて、

盗っ人呼ばわりまでされて、どうすんだよ。

てな感じですが、

本当に満たされて幸せな人は、

己のことを考えたとしても、

余裕があり、まわりのことも含めてきちんと、

考えることができる人ですねー。

拙者はハッピーより、

どちらかといえばホッピーですので、

欲と会話して行動するのではなく、

己の心と会話をし行動できるよう、

努めてまいらねばならぬと、

思っておるでござる。