師匠がいる人と、いない人

君に財宝の在りかを教えてくれる人

君自身では自覚できていない

性格上の欠点を指摘し、

はっとさせてくれる人は、

あたかも隠された財宝の在りかを

教えてくれるようなもの。

そんな人に出会うと、

自分の問題点をズバッと突かれて

「アイタタタ……」と感じて

避けたくなるかもしれないけれども、

そういう人とこそ親しき友となるように。

君の短所まで含めて見抜いてくれるほど

君を理解できる人を

友人やパートナーにするならば、

いっしょに向上してゆくことができるだろう。

法句経76

超訳ブッダの言葉 小池龍之介さん著

師匠の存在

師の存在って、

本当にありがたいものですよねー。

文中にあるような師には、

こちらが望んだとしても、

タイミングよくめぐり合うことが、

なかなか難しかったりするものです。

そんな風に考えてみると、

師とは、なかなかに得難いものですね。

その逆といえば、

まあ、なんですけど・・・。

欲望の友という、

なんだかふりかけの名前みたいな友人と

出会うことは、

得難い師に巡り会うことに比べると、

そう難しくないのではないでしょうか?

こんなこと言うとアレですが、

ようするに、欲望の人がそれだけ多い。

ってのもあるのかな?・・・

ていうか、ありますよねえ。

まあ、欲望の道の方が、

師から指摘される「アイタタ」の道に比べると、

易き道ですからねー。

類は師も呼ぶ

あっしはこう見えて(どう見えて?)

意外と、骨太な生き方が好きなんです。

まあ、なにせ骨太ですので、

某、乳業メーカーさんの

「毎○骨太」もよく飲んでますしねー。

ですので骨太な師匠じゃないと、

ニーズがあわないんですよ。

(エラそうにー&また適当なことを)

まあ、骨太な生き方が好きなだけで、

実はただのヘタレだろー?と言われると、

なんだか照れてしまいますが。(大丈夫?)

みなさんは、どんな生き方をして、

どのような己の生き方に相応しい師に、

巡り会っているのでしょうかねー?

わざわざ叱ってくれる人

まあ、誰だって、

嫌われたくはないものでしょうから、

誰かにいらぬ指摘などをして、

その人から煙たがられるよりも、

「今日も素敵♡」などと、お茶を濁し、

とりあえず愛想よくしとけば、

無用な争いが起きることはないわけです。

そういう事なかれ主義の人が、

当たり前だと思いますし、

というより、下手をすると我が子にでさえ、

指摘ができない親がいたりする世の中で、

その人の事を考え、わざわざ問題点を、

ズバリと指摘してくれる人。

そんな人って本当に貴重で、

ありがたい存在だと思いますよねー。

そういえば、小さいころ

やんちゃをして叱られるとき、

よほどふてくされた顔をしていたのでしょう

「怒ってくれる人がいるのは幸せ、誰も怒ってくれなくなったら人間もおしまいよ」

と、いう言葉をよく聞きました。

当時はその言葉の意味が、

まったくわかりませんでしたが、

今思うと本当にそうだよなーと思います。

今では、わざわざ指摘をしてくれる人を、

煙たく思うようなら、成長できるはずもねえわ、

と思う、骨太なあっしですが、

「未だにヘタレだということは、やっぱりただ骨太が好きなだけじゃねーか。」

というアイタタな指摘が、

聞こえてきそうです。

今、このご指摘をいただいた方、

是非、師匠と呼ばせてください!