恩返しをしたいときの方法(恩送り)

自分が光り輝いていたら、

キャンドルサービスで

みんなに光をつけてあげられる。

キャンドルサービスって、

いくら分けてあげても光は減らないんです。

私の光が半分になることはない。

あなたの光も半分になることはないんです。

ただ、灯りが増えるだけです。

灯りが増えて、周りが明るくなる。

全員が明るくなって、

世の中がどんどん、どんどん明るくなるんです。

だから、私たちは

キャンドルサービスをしなければいけない。

斎藤一人さん著

変な人が書いた驚くほどツイてる話

世の中の明るさ

自分が光り輝いていれば・・・

と、文中にありますが、

あちきは少しくすぶっておりますので、

キャンドルの光のように輝いている方から、

少し光をわけてもらわないといけませんねえ。

中には、わけてもらった光を、

「どうせ、俺なんて!」とヤケクソになって

ゴシゴシと汚そうとしてみたり、

まわりの人が持っている光に嫉妬して、

消してまわろうとする人もいるようですが、

そんなことをやってると、

世の中が明るくなっていきませんから、

あちきも気をつけないといけませんねー。

光っている人や光の量が増えてくれば、

世の中が明るくなってくる。といいますか、

灯りが増えていけば、

自然とまわりが明るくなっていくわけですから、

その灯りに引っ張られて、

人の気持ちも明るくなるってもんでしょう。

いくらわけても減りません

光って、いくらわけても減りませんよねえ。

そういう意味では、例えばケチな人でも、

抵抗がないものでしょう。

ていうか、ケチな人って、

そもそもわけるという行為が、

嫌なもんなんですかねー?

もしそうなら、それはそれで、

その資質の活かし方を考えれば、

誰かの光や希望に、

つながっていくかも知れませんから、

誰かを明るくするという志を加えつつ、

是非、「わけるのイヤ、だけどな。」と、

個性を貫き通してもらいたいと思います。

感謝ですよねえ

まあそんなことはさておき、

光や希望って、応援という形でも、

誰にでも手渡すことができるものですから、

簡単でお手軽なものですよねー。

簡単でお手軽だからとはいえ、

やってる人ばかりではないわけですが、

「やってみてもいいんじゃない?」と、思える

ひとつのキーワードは感謝ではないでしょうか。

一度や二度だと、

そんなこともないでしょうが、

「ありがてーなー」と、

恩を感じることがたくさんできれば、

「はい、よかった、よかったー」で、

終わることは、あまりなくなってきますよね。

ということは、感謝を感じることができる、

豊かな心を持つ人は、

応援する心や、思いやりの心が身近になる。

ということではないでしょうか。

感謝の恩返し

誰かから恩を受けて、感謝する。

そしてその人に恩を返す。

または、恩を返そうと生きる。

だいたい一般的には、

こういう感じかもしれませんねー。

これはこれで素晴らしいことですが、

そういう美しい人たちよりも、

恩を仇で返すヤツとか、

苦しゅうない、当たり前じゃ。みたいなヤツに

適当に石を投げたら当たりそうな世の中です。

そういう人をブログなどに例えると、

(いきなり?)

「世の中を暗くしようと生きている人たち」

というカテゴリーというテーマにまず分類され、

そしてさらに「他人の光に嫉妬」とか

「どうせ、俺なんて!」「苦しゅうない」

という感じで、

さらにサブカテゴリーに分類されます。

これで、読みたい記事を探すのが、

とても楽になりますね!

(どうでもいい)

また、この、

「世の中を暗くしようと生きている人たち」を

例えば、日曜の夕方にある、

某ご長寿アニメ風にすると(もういい)

さーて、来週の

世の中を暗くしようと生きている人たちは~

伊○坂です。

磯野さん家の、波○さんの後光が神々しくて、

少し腹が立ってきました。

さて次回は、

「伊佐○先生、他人の光に嫉妬」

「カツ○、どうせ、俺なんて!」

「マス○、苦しゅうない」の3本です。

と、最後にジャンケンしたりします。

えー、前振りが少し、

長くなってしまいましたがー、

あちきは恩返しもいいけど、

恩送りがいいんじゃないー?と思ってます。

(もう少しお付き合いくださいませ。)

恩返しより恩送り

「受けた恩はきちんと返す」と、

自分で思うのは素晴らしいことですが、

例えば、恩を与えた人が

「受けた恩ならきちんと返せYO-」

と、ラップ調で言われると、

「もうさー、それって、親切じゃなくてビジネスじゃね?」

と、高校生あたりに指摘されそうですね。

それに、長いこと生きていれば、

幼いときにいただいた恩とか、

通りすがりの人からいただいた親切、

なんてのも、たくさんあるわけです。

最近はー、耳も遠くなって、

目も薄くなってきましてねえー。

もう、誰がなんだかー。

みたいな状態のあちきでは、

もう誰にお返しをしていいかもわからず、

「恩返し」は実際のところ無理なので、

「だから恩送りって言ってるんだろうー」

というわけではないのですが(うそつけ)

受けたご恩を世の中に返していくと、

「かたじけねえ」の連鎖が起きてきます。

言ってみれば、ありがとうがグルグルと

世の中に流通していく。

ようするに「ありがとうの流通」です。

この世界には「このやろー」の流通地域や、

「ばかやろー」の流通エリアや、

また「ありがとうが止まる場所」も、

あったりしますが、

「世の中を暗くしようと生きている人たち」

以外の、豊かな人たちは

「キャンドルサービスしなくちゃいけないよ。」

と、斉藤一人さんもおっしゃるように、

少しでも微力を尽くそうぜ。

と、思うわけです。