欲をコントロールし、手放すために必要な思考

欲の最大なるものは生命の欲である。

これを超越することが出来たら、

自余一切の欲望をうち越えることが出来る。

生命の欲を越えるとは、

常に「何時死ぬかも知れぬ」と

覚悟していることである。

「死は汝の側にあり」で、

われわれは生命のある中に、

ひたすら道を修行せねばならぬ。

人間は死を覚悟して初めて腰が決まるんですよ。

森信三さん著 訓言集

もし明日死ぬとしたら

今から目を閉じて・・・

グーグー。。。

ではなく、

「明日死ぬかもしれない」と

想像してみると、

今までは見えなかった、

いろんなことが見えそうな気がしませんか?

例えば、明日死んでしまうということは

今日食べる朝ごはんは、最後の朝御飯です。

こうなったら、そりゃあもう、

いろいろ考えてしまいますよねー。

そして考えるといっても、

「なんじゃ、この朝飯マズッ」と、

考えることはないでしょう。

「マズッ」と、朝ごはんを、

けなすことができるのは、

次があると思っているからです。

泣いてもわめいても、これが最後なら、

けなしたところで、変えることはできないし、

みじめになるのは自分ですから、

そんなご飯はないでしょうが、

もし「あーもう、マジ死ぬ」と、

思えてしまうようなご飯だったとしても

(失礼な)

どこかいいところを探して、

おいしく感謝して食べようと、

自然に考えてしまうのではないでしょうかー。

明日と今

それはようするに、

「明日死ぬ」と考えることで、

「自然に」残りの時間を、

大切にしようとしている。ということであり、

自然に、今を生きようとしている。

ということではないでしょうか。

例えば、明日死ぬかもしれないと思うと、

後悔するようなことより

楽しいことをやりたくなるのは、

当然のことだと思います。

日常ですと、生活がありますから、

楽しいことばかりを選択することは、

簡単ではありませんし、

また、楽しいことであっても、

「自分だけ楽しい」という、

幼稚な楽しさでは、、、

「明日死ぬかも、以前の問題だろうがーー!」

はあ、はあ。

・・・・・

・・

少し取り乱してしまいましたが、

難しい中であっても、

楽しい方向を向いていくことは、

できないことではありませんよね。

今を明日につなげる生き方

明日を想像(妄想)し、

起きてもいないことを考えながら、

明日を生きるという生き方もありますが、

その反面、今日をしっかり生きて、

明日につなげていくというような、

積み重ねていく人生というのも、

あるのではないでしょうか。

欲の最大なるものは生命の欲である。

と、文中の最初にもありますが、

人間の欲の中で最も大きく、

根幹の欲は生存欲ですから、

この欲と折り合いをつけることができれば

他の欲とも折り合いをつけやすいわけですが

さまざまな欲に支配されない生き方、

または、欲とうまく付き合ったり、

欲から解放されたという生き方の先には、

「あー、メガネ、メガネ」

と、メガネを探す横山やすし師匠とか(古っ)

メガネを探す、のび太君のように

(しつこい)

「あー、満たしたい、満たしたい」と、

無いものを探し、目を向けて生きる毎日、

ではないわけですから(一緒にするな)

心は少なくとも穏やかですし、

「今日も一日、すべてに感謝。」という、

おかげさまのような境地が、

待っているのではないでしょうかー。

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