悪口を言う理由と、言わないという心理

サラリーマンをしている人で

自分の会社の悪口を言う人がいます。

悪口と言うよりは

文句や愚痴なのかもしれませんが

「うちの社長はワンマンで、怒りっぽくて仕方がない」

とか

「専務や部長には困ったものだ」

というようなことです。

私は

その上司を批判するサラリーマンに対して

こういう言い方をします。

多分、今あなたがおっしゃったことは

間違っていないのでしょう

十人が十人とも同じように感じる事実に違いない

確かにそういう社長や専務

部長なのでしょう

しかし、そのどうしようもない上司と

同じレベルにあなた自身がいるのかもしれません

というのが私の解釈なのです。

小林正観さん著 宇宙を貫く幸せの法則

やはり、同じレベルなのか!

文中にある「会社や上司」という言葉を

友人や家族、知人などに変えてみると、

「これって、俺のこと?私のこと?」

と、心がわさわさしてしまった方も、

いるかと思いますが、(?)

まあ、そういった感じで、

言葉を変えてみても、

同じことが言えるのでは?と思います。

誰かに対して、

愚痴を言わなければならないほど、

心がざわついている!ということは・・・、

心がざわつくほど、

その誰かに対して心を乱している!

ということですから、

小林正観さんが書かれているように、

相手と波長が合っていて、

相手と同じレベルにいる。

ということの証明です。

余裕がある場合

拙者は誰とでも、やりあってしまいますが、

(自慢することではないっすねー)

この場合、もし、相手より広い視野で

物事を見ている人であれば、

少なくとも、

心を乱されることはないわけですから、

いい大人が、

子どもと本気でやりあわないのと同じで、

冷静に対処できるわけです。

まあ、同じ土俵の上で、感情的になって、

やりあってしまうということは、

自分には、問題に対する冷静な処理が難しい

という証明ですから、

その問題をうまくさばけるかどうかは、

運や状況まかせ、みたいな感じになるわけです。

このように考えてみると、感情的になり、

勝ち誇ったように愚痴を言っているけど、

実は冷静に対処できないわたし、

相手に巻き込まれてしまうわたし、

であるのですから、

「言ってる君も、同じだよねー。」

「いいライバルですかねー、ちーん。」

ということになってしまうわけです、、、。

頑張れ、拙者。

冷静さは余裕のあらわれ

ということは、冷静に対応できる人が、

やはり、相手より一段上のレベルです。

ということになるので、

不平不満や愚痴などを言ってしまう人は、

「相手に心を乱されて、収拾がつかなくなったわたしですよー。」

と、まわりに宣伝しているようなものであり、

また

「誰か、こんなわたしに共感して、癒してー♡」

という状態ですから、

「結局、キミも、子守がいるんかい!」

と、ツッコまれ、

その言葉を「うんうんそうだよねー」と、

うなずきながら、横で聞いていたり

一緒になって悪口を言っている人には、

「類は友を呼んどるがな!」

と、さらにツッコまれてしまいます。

そうなると、

なぜここだけ標準語なのかはわかりませんが、

「もういいよ!どうもありがとうございましたー。」

と、心の中でツッコみが入り、

それ以降、同じレベルで、

モノゴトを見ていない人からは、

生暖かく見守ってもらえると思いますが、

そういう拙者も、同じレベルです的な

今日この頃で、候(そうろー)なので、

なるべく、不平不満や愚痴などを言わない。

というか・・・、

そもそも、不平、不満、愚痴を持たなくて済む

モノの考え方というのは、どんなもんだろう?

ということを、考えてみることが、

とても大事なことだと思いますよー。