不幸体質な人の原因

不平をいうのは、もうやめることだ。

それは、あなたを自己破滅へと導く

恐ろしい罠である。

いまあなたは、

貧しさの頑丈な鎖でしっかりとつながれ、

暗さを増やし続ける人生の闇の中で

激しい孤独を感じているかもしれません。

そして、自分の貧しさを、

自分の生まれ、両親、

雇い主などのせいにして、

あるいは、

「何らかの理不尽なパワーが、一部の人たちには豊かさと幸せをもたらしながら、自分には貧しさと苦悩しかもたらしてくれていない」

などと、考え、常に不平をいいながら

生きているかもしれません。

もしそうだとしたら、

不平をいうのは、もうやめることです。

不平は、あなたを自己破滅へ導く

恐ろしい罠です。

そもそも、あなたがいま

不平をいっている相手の誰一人

(または、どれ一つ)として、

あなたの貧しさの原因にはなっていないのです。

その原因は、あなたの内側にあるのです。

そして、その場所に問題の原因が

存在するということは、

あなたがその場所で、その問題を解決できる

ということにほかなりません。

もしあなたが、

不平を言い続けている人間だとしたら、

あなたがいま手に出来ているものは、

極めて限られたもののはずです。

あなたが手にできるものは、

あなたが手にするに

ふさわしいものだけだからです。

内側の人生を変化させることです。

外側の人生が変化するためには、

それが不可欠なのです。

「原因と結果の法則」は常に機能しています。

その「正義の法則」を信頼し、

それに同調することです。

自分自身を、より素晴らしい人生を手にするに

ふさわしい人間へと、成長させることです。

人は、「正義の法則」の存在に気づき、

それに自分の心を従わせ始めたときから、

真の人として生き始めます。

そのときから人は、

自分の心をコントロールすることで、

自分自身を強化し始めます。

環境と戦うことをやめ、

それを、自分のより急速な成長のために、

また、自分の隠れた能力や

可能性を発見するための場所として、

有効に利用し始めます。

ジェームズ・アレン著、坂本貢一訳、

きっと!すべてがうまくいく

不幸の原因

あなたが今、不平をいっている相手の誰一人

(または、どれ一つ)として、

あなたの貧しさの原因にはなっていない

と、文中にはありますが、これは真理です。

ですが、ついつい環境や、

他人の責任にしたくなるものですよね。

わかります・・。(ウソつけ)

わかりますが、(やっぱり)

環境や他人と戦うのはもうやめましょう。

なぜかといえば、そう生きても

まったく豊かにならないからであり、

あなたはずっと、不幸のままだからです。

誰の人生を生きているのか

自分の人生を、

他人や環境の責任にするということは、

自分以外がおかしいわけですから、

「わたしの人生、他人次第、環境まかせ。」

ということですよね。

となってくると、

「いったい、誰の人生なの?」

ということになってしまいます。

あなたが手にできるものは、

あなたが手にするに

ふさわしいものだけだからです。

と、文中にありますが

「環境や他人がおかしいのよー♪」

と、歌っている人にふさわしいものは、

あまり大きな声で言えませんが、

少なくとも幸せではありません。

「自分は精進しないけど、他人や環境はせっせと精進してよねー♪」

と、美声で歌い上げる人が、

幸せにふさわしい人かどうか。

歌声はさておき、

こんなんで幸せになれるなら、

「世の人は全員幸せだと思いませんかー♪」

幸せは与えてもらうもの?

それがしのような

「風まかせー」野郎がいうのもなんですが、

まわりに揃えてもらったり、

いくら、与えてもらったとしても、

得ることができる幸福感は、

かりそめの幸福感で、

「あー、いい人生だった。人生に悔いなし!」

と、旅立つときに思えるような、

充実した人生から出てくる、

本当の幸せではないわけです。

そもそも、与えてもらうことに、

慣れてしまった人の場合、

「まだ、死にたくないー」

と、思うのが関の山でしょう。

なぜかといえば、

他人まかせの人生ということは、

自分が主体の人生ではないわけですから、

ようするに、

己を磨きながら生きていないわけです。

となれば、

瞬間瞬間に悔いを残さないような、

ひたむきな生き方をしていない。

そうなると、

充実感や達成感を持つことができず、

結局、感謝も持つことがないため、

「他人次第、当たり前、ヨロシク」

という生き方になるからです。

感謝と幸せはセットですから、

もれなくついてくるものですが、

これを言いかえてみると、

「感謝を知らない人に、幸せはない。」

ということになるわけであり、

それが不幸の原因ということですねー。