怨みと恨み、怒りなどを捨ててみませんか?

「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」

という思いをいだく人には、

怨みはついに息むことがない。

「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」

という思いをいだかない人には、

ついに怨みが息む。

実にこの世においては、

怨みに報いるに怨みを以てしたならば、

ついに怨みの息むことがない。

怨みをすててこそ息む。

これは永遠の真理である。

ダンマパダ 中村元先生訳

大きな苦(恨みつらみ)の原因

「ちくしょー、好き勝手言いやがって」

「あいつ腹立つわー。」

「簡単に負けたうえに、おとといきやがれ(死語?)って罵られたー」

などなど・・、人間やってると、

いろんなことがありますよねえー。

(他人ごとか?)

そんなできごとも、

確かに人生の苦の原因のひとつですが、

これは大きな苦の原因ではなく、

実は、過ぎれば忘れることができる、

一時的なものであったりします。

大きな苦の原因とは、罵られたり、

腹が立ったことをいつまでも覚えていて、

怨んでいることですねー。

拙者はよく、同じことを何回か聞いたり

壊れたラジオのように、

同じことを何回か言ったりしますが、

いつまでも恨んでしまい、

出来事を忘れないということは、

10分?で終わった、過ぎ去ったことを、

人生の貴重な時間を使って、

思い出すかぎり、繰り返し再生している。

ということですから、

そりゃあ、

人生がみじめになるし、苦しくもなるさ。

とうことです。

人は誰でも失敗する

世の中に「これは絶対だなー」

というものは少ないものですが、

その数少ない絶対の中に

「人は誰でも失敗する」と

「人は誰でもつらい目にあう」

というのがありますが、

これはもう、絶対に鉄板ですよねー。

「いやいや、人は誰でも失敗はしないし、つらい目にはあわないよー。なぜなら、失敗やつらさというものは、すべて学びに変え、希望に変えることができるからさー。キラキラー。」

という、穏やかそうな顔をした、

「おれしあわせ♡」みたいな笑い方をする

「そりゃあそうかもしれませんが、半分だけ正解ですおじさん」は、

横に置いておきまして(誰のこと?)

人は誰でも失敗し、つらいことが起きる。

のであれば、

つらい過去だけに生きようとすると、

人は全員みじめになる。

ということです。

恨み続けることと、幸せになること

怨み続けることと、幸せになること。

どっちがいいですかー?って、

聞くまでもありませんよね。

確かに今を幸せに生きていくことに、

過ぎ去ったみじめさは必要ありません。

過去の失敗やつらいことは、

いくら思い出しても消せないものだし、

また、これからも起きるし、

やってしまうんです。

ですので、忘れろというわけではありませんが

それはそれとして、いったん脇に置いて置く。

ていうか、捨てる。

そして今を生きる。

そういうのどうですかー?と思うのです。

捨てる生き方。もっというと、、、

「ん、なんかあった?」という生き方。

(アホーではありません)

アホーではなく、

気にならないぐらいデカい生き方と、

過去のみじめさと共に生きていく生き方。

すべて学びや、希望に変える生き方ではなく、

「ん、なんかあった?」という、

「それ以前の話ですね」のような生き方。

どちらが、自分の人生を大切にし、

幸せに向かっている生き方か?は、

考えるまでもないわけですが、

そんな風に考えてみると、

過去の嫌なことを脇に置いたり、

わざわざ、思いださないようにしたり、

「ん、なんかあった?」って思えるってことは、

相手のためじゃなく、自分のためであり、

結局、幸せになるためじゃん。

ということなんですよねー。