信念を持つ人

考えてみれば、誰も味方してくれないのに

自分の信念を守り通すことも、

なかなか願いはかなわないのに

夢をしっかりと持ち続けることも、

とても勇気がいることです。

私たちの多くは、社会での孤立を恐れ、

皆と同じ道を選んでしまいがち。

その中で、ひとり、

独自の道を歩む勇気を持つこと。

それは、真に自分らしい人生を

送るための大きな力となるのではないか。

さらには、そういった

少数意見のひとがいることで、

社会が大きな流れに

安易に押し流されてしまうことを

防いでいるのではないか。

そういう風に、思いませんか。

スヌーピー こんな生き方探してみよう

コミック チャールズ・M・シュルツ 谷川俊太郎さん訳 ほしのゆうこさん著

生きるということ

文中にあるように、

「社会が大きな流れに、安易に押し流されてしまうことを防いでいる」

というような、たいそうな思いはありませんが、

拙者がひとりでも

独自の道を歩こうとしているのは、

己の信念があるからであり、

拙者の信念は、結局自分にしか

貫くことはできないからですね。

「大きな流れに安易に押し流されないよう、世の防波堤たらん。」

というような、大義ではなく、

恥ずかしいかぎりですが

結局、生きるということって

そういうことかな。

と、思っているわけです。

孤立と信念

己の信念と孤立を天秤にかけて

孤立を選択するという生き方は、

各自で好きにすればいいことですが、

拙者は好きではありません。

孤立を恐れるということは、

文中にもあるように、

皆と同じ道を選ぶということですが、

皆と同じということは、

その時点で己の人生ではなく、

皆の人生になると思いませんか?

「それでも問題ない、幸せだよ。」

と、思えるなら

そういう生き方こそが、

己の信念であるわけでしょうし、

いいと思うのですが、

孤立を恐れる人の多くは、

我慢をしているものではないでしょうか?

「我慢もします。己の信念も曲げます。」

拙者は元来、ひねくれ者ですので、

こういうのどうも好きじゃないんですよね。

ただ生きてるだけでいい

独自の道を歩む勇気を持つことは、

真に自分らしい人生を送るための

大きな力となるのでは?

と、文中にはありますが、

拙者もその通りだと覆います。

そのような生き方をしている人は、

たとえ、世に対して、

なにか多大な貢献をしていなくても、

ただ生きているだけでいるだけで、

人々に勇気を与えているものかもしれません。

拙者はただの変わり者ですから、

勇気など与えることはできませんが、

信念を守り通すため、

勇気をもって人生を歩く人が

もっと増えればといいなと思うわけです。