妄想ってファンタジー

ところで、良い知らせがある。

幻は幻と認識すれば消える、

ということだ。

幻の認識はまた幻の終わりでもある。

あなたがそれを

現実と誤解しているあいだだけ、幻は存続する。

自分が何者でないかを見きわめるなかから、

自ずと自分は何者かという現実が立ち現れる。

ニュー・アース

エックハルト・トール 吉田利子さん訳

妄想とは

文章では「幻」となっていますが、

起きてもいないことを想像してしまい、

不安になったり、心配してしまうような、

いわゆる「妄想」をしてしまう、

妄想家の方たちに対する

エックハルト・トールさんからの

メッセージです。

何も起きてもいないのに、妄想をし過ぎて、

心を疲弊させてしまう人生というのは、

豊かで充実した人生だと、

言い難いものがあります。

妄想に心を支配されてしまうには、

いろんな理由があるのでしょうが、

いろんなことが身の回りで起きているのは、

世の中でひとりだけではなく、

みんなに起きているものですし、

起きてもいないことを、

あれこれ考え続けてばかりだと、

「わたしの人生を一言で表すと不安。」

と、いうような感じの

人生になってしまうものですね。

現実と妄想

まあ、単純に考えてみると、

心が支配されてしまうほど妄想をせず、

妄想しても、中道を歩けるよう、

ようするに道の真ん中を歩くように、

思考のバランスを修正すればいいわけです。

何事も極端なことや、

行き過ぎはよくないと言います。

ようするに、妄想を一切しないと、

無理矢理離れようとするのも、

また逆に、妄想ばかりしてしまうのも

どちらも極端すぎるということです。

例えば、

「わたしは被害者だ。このように不安なことを考えてしまうきっかけを作った、○○が悪い。」

というような、

「自分は、一切わるくないー♪」という

極端に偏った思考だけで道を歩き続けると、

「ダイエットができないのは、世の中にお菓子があるからだZeeee」

ということと同じになり、

ダイエットに永遠に成功できないどころか、

何か起きるたびに翻弄され続けて

生きていなけばならない。

という、結論しか導けなくなってしまいます。

そんな人生だと自分が一番大変

起きてもいないことを妄想し、

一喜一憂しても一向にかまわないのですが、

(冷たいですか?このところ暑いので。)

誰もその苦痛を取り除くことはできず、

その妄想に苦しめられるのは、自分だけです。

なぜなら、幻という妄想は、

他の誰かが創造したのでもなく、

自分自身が創り出したものだからです。

「幻は幻と認識すれば消える」

「幻の認識はまた幻の終わりでもある」

と、文中にはあり、

また

「あなたがそれを現実と誤解している間、幻は存続する」

ともありますが、

「これは幻であり、わたしはわたしが創造した幻によって、苦しんでいる。」

ということを、認識しようとすることで、

起きてもいないけど嫌だなと思うことを、

わざわざ考えようとしたり、

妄想だけで、心を一杯にしてしまい、

その結果、苦しんだりすることが、

少しは減ってくるのではないでしょうか?

未来を考えることも大事なことですが、

人生にとって

「今という瞬間」に目を向けることは、

とても大切なことの一つです。

「苦しい妄想と生きるわたし」という

映画の脚本、演出、主演をやめ、

「今この瞬間に生きる」もしくは

「未来と今の間に生きる」という

映画に変えることができれば、

人生は勝手に豊かになっていくものだと、

思いませんか?