友人や考え方を選びなさい

眠れない人には夜は長く、

疲れた人には一里の道は遠い。

正しい真理を知らない愚かな者どもには、

生死の道のりは長い。

旅に出て、もしも自分よりもすぐれた者か、

または自分にひとしい者に出会わなかったら、

むしろきっぱりと独りで行け。

愚かな者を道伴れにしてはならぬ。

ブッダの真理のことば・感興のことば 中村元先生訳

第五章 愚かな人

人生は楽しい?つらい?

みなさんは、

人生を楽しんでらっしゃいますか?

楽しいと思い込むのではなく、

心から人生を楽しんでいるのであれば、

人生という生死の道のりは、

とても短いものでしょう。

その反面、人生がつまらない、

楽しくないと感じている人であれば、

人生という生死の道のりは、

長いものではないでしょうか。

なぜ、人生が楽しくないのか?

「死にたくない、死にたくない」

というような人と、共に人生を歩いたり、

また、死にたくないというような

考え方を心に持ち、

逃避的な考え方を生涯の友として、

人生を歩いてしまうと、

逃避思考を持ち続ける、

今という瞬間や、毎日が続く。

ということですから、

その時々で、いろんな良きことが起きても、

根底から人生に満足することは難しく、

眠れない人に夜は長いように、

人生という道のりが、長く感じてしまいます。

普段から、

逃避しながら生きている人たちや、

人生が豊かにならない方向に、

わざわざ、興味を向けたりしていると、

自分に対して自分から、

暗示をかけているようなものですし、

また、そのような人たちとつきあっていては、

その場逃れ的な会話をし、

憂さを晴らしたり、

自分を慰めるのが日常になってしまいます。

本当にそこから脱出したいと思っている人は、

「死にたくない、死にたくない」と言いながら

実際に何もしないということはありませんし、

また、脱出しようともがいている人であれば、

「死にたくない、死にたくない」というのは、

ただの愚痴になりますので、

たまに、愚痴を言ったにせよ、

愚痴が習慣になることはありませんから、

そのような人を友とするのはいいでしょうが、

逃避しながら生きている人や考え方を、

生涯の友にしてしまうと、

そういう考え方に染まってしまい、

「じゃあ、どうすればいい?」という

問題の解決に目を向けることすら、

だんだんと難しくなっていきます。

誰を友にするのか

いろんなことを考えている毎日が、

積み重なったものを人生といいます。

ですから、

毎日が楽しくなければ、人生も楽しくない。

ようするに、基本が楽しくなければ、

全体が楽しいわけがないのです。

そして、人生を楽しくするために、

特別な能力は必要ありません。

まずは、普段考えていることを整えていく。

あした死んでも、

「あー、いい人生だった」と思えそうな選択を、

日々の中で積み重ねていくわけです。

「死にたくない、死にたくない」

というような友人や考え方を、

人生のパートナーとして共に歩いても、

逃避的、悲観的に生きていくのがオチです。

ですから、そういう友や思考とは、

ある程度の距離を取ったり、

もしくは、文中にあるように、

きっぱりと独りで歩いてみる、のは

いかがでしょうか。

正しい考え方を知り、体得していけば、

人生は豊かで楽しく、

死も全く怖いものではなくなりますが、

そのように歩きたいのなら、

愚かなものを道伴れにせず、

正しい真理を友にすることです。

みなさんの持っている当たり前を、

ここらでチェックしてみてはいかがですか?