真田幸村の魅力

恩義を忘れ 私欲を貪り 人と呼べるか

真田幸村(信繁)の言葉です

忘恩と貪欲は仲のいい親友

恩義を忘れることと、

欲をむさぼることは常にセットです。

なぜかというと、例えば

「ほしいほしいと、むさぼっている。」

ということは、

常に私欲を満たすことにしか興味がない、

ということですから、

すなわち「自分のことしか見ていない。」

わけです。

感謝や恩義とは、

自分以外に対する気持ちですから、

自分のことだけに興味があり、

私欲を満たすことだけを求めながら、

生きているような人には、

当然、感謝や恩義が頭に浮かぶはずもなく、

また、感謝したり、

恩義を感じる気持ちすら持ってないわけです。

人と呼べるか

私欲を貪り恩義を忘れるのは、

つまらない未熟な人間のやることですが、

反面、動物は、生きることに一生懸命で、

ほとんど自分にしか興味はないものでしょう。

行動レベルで見てみると、

つまらない人間と動物が同じであるなら、

いいかえると、

「つまらない人間は動物である。」

ということになりますが、

人生を歩くなかで、己を磨き、

成熟させていくことができるのが、

人間なのですから、

「それをやれるのに、やっていない。」

ということは、

やろうとしてもできない動物とは、

状況が違うわけですから、

行動レベルが同じであるなら、

「つまらない未熟な人間は動物以下」

ということになります。

わたしも精進です

などと、偉そうなことを、

いろいろ書いている拙者ですが、

今はまだ、

その動物と大差のない未熟な拙者です。

私欲に執着し、欲に溺れてしまい、

「人と呼べるか!」というな、

思考や行動をとらぬよう、

また、欲があっても、欲にコントロールされず

私欲とうまく距離を取りながら、

人生を歩いていかねばと思っています。

気がついたら、動物園のお世話になっていた。

ということになっては、

まさに、動物の生涯になってしまいますので、

しっかりと精進しながら、

「人生」を歩いていきたいと思っています。