妄想がやめられない!

ところで、良い知らせがある。

幻は幻と認識すれば消える、ということだ。

幻の認識はまた幻の終わりでもある。

あなたがそれを

現実と誤解しているあいだだけ、

幻は存続する。

自分が何者でないかを見きわめるなかから、

自ずと自分は何者かという現実が立ち現れる。

ニュー・アース

エックハルト・トール 吉田利子さん訳

幻は所詮、幻である

妄想家の方たちに対する、

(誰かあっしを呼びました?)

エックハルト・トールさんのメッセージです。

妄想ばかりして、

妄想に心を支配されるには、

いろんな理由があるのでしょうが、

起きてもいないことを、

あれこれ考えてばかりいては、

「何かがあれば当然不安、何もないけどやっぱり不安。」となり、

しまいには、

「わたしの人生を一言で表現するなら、不安」

と、いうような人生になり

しまいには、名前を、

ファンファン大佐(演、岡田真澄さん)

みたいに、変えないといけなくなりますねー。

(ならんならん)

妄想しても

少なくとも、心が疲れてしまうほど妄想せず、

妄想に心がいっぱいになる前に、

事実を確認して、

「ていうか、今聞いてみたら、妄想どころの話じゃなくて現実だったわー!!」

と、あわてふためいたりして、

(これはこれで大変ですが)

妄想と現実の真ん中を、

バランスを取って歩くよう、

修正していけばいいわけです。(人ごと)

「わたしは被害者だ。こんな妄想させるようなことをした○○が悪い!」

というような、

どちらかに偏った思考で考えてしまうと、

あっしには、世の中の出来事どころか、

道端に落ちている犬のウ○コでさえも、

コントロールすることができないのですから、

「あー、ウ○コふんだらどうしよー、ドウシヨー、ドウシヨー。」(実際の妄想はおやめください)

などと、

つまらぬことで妄想する機会が増えてしまい、

何も起きてないのに、勝手に疲れてしまい、

結局、拙者は

「つらいサン」になってしまうわけです。

(カープのあらいさんではない)

妄想はやっぱり幻です

ていうかあー、そもそもー、

妄想を止めることってー、

他人にはできませんよねー。

と、聞くと、なんだコイツ?やんのか?

「いや、できる。あの人がきちんと償ってくれれば」

と、

ウ○コには償ってもらえないけど、←しつこい

そう思われる方もいるかもしれません。

ですがここで、少し考えてみてください。

妄想という映画を制作するシステムを、

心の中に持っているのは、

上にいる誰かさん?が言っているように、

他人ではなく、自分自身です。

ということは、

その映画会社(仮に、とぅ映)を、

なんとかしないかぎり、

何かをきっかけにして、

妄想映画の上映を始めます。

そして、

心の中の妄想映画会社(仮に、とぅ映)が、

巨大であれば巨大であるほど、

(株式上場してるとか?)

仮に、せっかく、

誰かに償ってもらったとしても、

「その程度では、わたしのスタッフー(とぅ映社員)は止めれない!」

と、なることも、多いにあるわけです。

出来事は人生を決めない

ここで周りに目を向けてみると、

「出来事が人生を決めるわけではない。」

ということが、わかります。

なぜかというと、

仮に同じ境遇にいた人でも、

それぞれ今後が違ったり、

同じ映画を観たのに、感想が違ったり、

「わたしだけ、みんなと笑うとこが違って、恥ずかしかったわー」

みたいなことは、よくあるからです。

(ありますか?)

こんな感じで考えてみると、

出来事が人生を決めるのではなく、

「出来事を決めているのは、いつも自分自身!」

という、、、、

なんだか、名言みたいになるわけです。

ようするに、失敗をしたことが、

妄想の原因になってしまい、

いつまでも「悔やんだり妄想」や

「悲しんだり妄想」をして生きるのか、

それとも、

「失敗とは成長するための学びである!」

と、

またもや、どこかで聞いたような、

名言のようにとらえて、

「二度と同じ失敗をしなければいい!」

という生き方に変えるのかは、

「出来事を決めているのは、いつも自分自身!」

(二回目)なのですから、

その人がどう受け止めたかによって、

同じ出来事でも変わる。というわけです。

まあ、心の中の映画会社(仮に、とぅ映)が

「全米が泣いた!」みたいな映画を、

上映してくれればいいのですが、

「だいたい泣くのはわたしだけー」

みたいな映画しか、上映しませんからねー。

ようするに、

心の中の上映会社(仮に、とぅ映)を、

なんとかしないかぎり、

苦しみがつきまとうわけですから、

心の中の映画会社(仮に、とぅ映)の←しつこい

株主総会でも、そろそろやりませんか?

ということなんですよ。