命が体に宿る必要性

電子が高いエネルギーへ変化するには、

相当なエネルギー量を必要とすることが

量子力学の実験や研究からわかっています。

不連続であるエネルギーの世界では、

違う段階へ移行するのは並大抵なことではありません。

ですから、体から離れている命が

定常状態から高いエネルギー状態へ移行する、

つまり命の重さを変えるのは大変困難なことです。

エネルギーの世界では、

自分より高いエネルギー状態の命には会うことはできませんが、

生命体として生きているときには

あらゆる状態の命と自由に出会い、

お互いに交流することができます。

私たちが暮らすこの世界には、

実際にさまざまな重さの命を持つ者同士が一緒に存在し、

お互いに関係を作ったり情報交換をしたりしています。

体という物質に宿っている状態だからこそ、

命は異なるレベルの生命と出会い

交流をすることでさまざまな体験をしたり、

エネルギーの世界にはない

急激な変化を経験することができるのです。

この経験が、どうやら命のエネルギー状態を変化させる、

要するに命の重さを変えるのに大変役立つようなのです。

このように、体に宿っている状態は

命というエネルギー体にとって大変重要です。

命が体に宿る必要性はここにあるのです。

死の瞬間に体重が減少する!! 川田薫さん著

なぜ生まれてきたのか

川田博士によると、

わたしたちは、命を重くするために、

また、命のエネルギーをさらに高いエネルギーに

変化させるため、この世に生を受けたということですが、

この目的から考えてみると、

命をさらに重くするために変化させるという目的を

一番邪魔しているのは、

重くさせるために生まれてきたにもかかわらず、

命の進歩、成長を止めてしまう

己が賢いと勘違いしてしまう、高慢さではないでしょうか?

さまざまなレベルの命が共存する修行場

この世は、川田博士が説かれるように、

さまざまなレベルの重さの命が一緒に存在し、

関係を作り、情報交換をしている世の中ですが、

それは、表現を変えてみると、

自分より高いエネルギー状態の命に目を向けず、

自分より低い状態のエネルギーにだけ、

目を向けて生きることも可能だということです。

自分より低い状態のエネルギーに目を向けてばかりいると、

命はだんだんと勘違いしていきます。

命のエネルギーを高くするために生まれてきた。

という、本来の目的を忘れ、

わたしはもうすでに高いエネルギーなのだ、と高慢になり

成長をとめてしまうわけです。

人は誰でも嫌われたくはないものですが、

ひとたび高慢になってしまうと、

それでも忠告してくれたという心が見えず

聞く耳を持つことが難しいどころか、

むしろ誹謗中傷だと受け取ったり、

普段の生活を、ほしいほしいではなく、

与えていただいている。と、整えて生きることはできず、

してもらって当たり前、

してもらえないのは優しくない、などという

我欲が満たされたかどうかだけで全てを判断するような、

未熟な思考に変化を起こすことができず、

他者への攻撃や不満や嫉妬、

未来への不安や恐怖の生き方にとらわれてしまいます。

ここらあたりが、高いエネルギー状態の命に変えていくこと、

仏教の言葉でいえば、

解脱に向かうことを困難にしている大きな要因ではないかと思うのですが、

みなさんはご自身を、どう思ってらっしゃいますか?

無知の知

「もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。

愚者でありながら、しかもみずから賢者だと思う者こそ、「愚者」だと言われる。」

という、お釈迦様の言葉があります。

また、孔子は

「これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らざると為せ」

※知っている事は知っているでいいが、知らない事はきちんと知らないと認めよ。

と説き、

そしてソクラテスは「無知の知」

※無知を自覚することで、はじめて知に至る。

という言葉で、それを表現しました。

自分は知らないことがあると自覚できない人、

自分の無知に気がつけない人は、成長することができません。

自虐はチャレンジや歩みを止めてしまうのでやり過ぎですが、

高慢を友とし、謙虚さを遠ざけて、

自ら愚だと考えることができなければ、

今以上の進歩や工夫は難しいものです。

失敗は成長の母

自分より低いエネルギーを見て安心し、

自分を慰めても、何の進歩もないどころか、

むしろ命を軽くしてしまうものでしょうが、

己を低くし、命のエネルギーを上げていくか、

己を高くし、命のエネルギーを下げていくのかは、

みなさんの生き方ひとつで変わるわけであり、

高慢な者が、己の高慢さを磨くためにとる行動ではなく、

己を低くして、命のエネルギーを上げようと行動、

チャレンジするから失敗し、

その失敗を通すことで、

「命のエネルギーを上げるということは簡単ではないな。」

「命のエネルギーを上げるチャンスをいただけるのはありがたいことだな。」と

自分にも他人にも謙虚になれ、感謝を持てるようになり、

やがてすべてを許せるようになっていくわけですから、

チャレンジして、失敗するのは、

命のエネルギーを上げるために、とても大事なことなのですが

そろそろみんな、

目を覚ましてもいい頃だと思うんですよね。