努力や能力、そして運

人の実力は、運には勝てない。

運は天が与えるもの。

天とケンカしても、人は天に勝つことはできない。

もし、私に勝てる人があれば、

それは私よりもツイている人です。

実力をつけるより、

ツイてる人間になることが先決です。

そして、ツイてる人間は、

そんなに怖い顔をして

「がんばります」とは言いません。

斎藤一人さん著

変な人が書いた驚くほどツイてる話

わたしたちは評価をされたい生き物です

この世では、お金持ちがいい、

美しい人がいい、賢人がいい、

欲望を満たすことができる人になることが

目標などというように、

精神性を高める生き方より、

欲望を求める生き方が好まれます。

そして多くの人は、

快楽をたくさん得ることを求めて、

生きているわけです。

世の快楽を、人より多く手にするためには、

世の中の競争に勝たなければいけません。

例えば学生なら、いい学校に入る、

いい成績を取る、たくさん資格を取る、

社会人は、実績や収入を上げる、

恋活では、意中の人を手に入れるために、

ライバルと争うといった感じで

大変疲れそうな生き方ですが、

多くの人はこのように、

誰かに勝とう、勝って欲を満たそうと

一生懸命生きているというのが、

現状ではないでしょうか。

「俺はそこまで欲に支配されて生きてはいないよ。」

という人であっても、ほとんどの人は、

他人から善人と評価されたいわたしであり、

賢人と評価されたいわたしであるわけです。

欲が満たされると

わたしたちは、

これは、欲を満たすことができないかな。

と、一たび感じると

「何かいいことないかなー」と嘆いたり

「俺の人生は、なぜこうなのか?」と、

愚痴をいったり

しまいには

「自分がつらいのは○○のせいだ」 と、

誰かや何かを逆恨みします。

また今度は逆に、満たすことが出来ると、

「お前らはそういう感じだから、満たすことができないんだ」と

できない人たち対して自慢し、

できない人を見下し、優越感を感じるような、

どうしようもなく小さい輩であるわけです。

本当にやりたいこと?

心から「そうしたい」のであれば、

他人の評価に関係なく、

自分が納得するまでやめないものであり、

自分なりに道を貫いていくものですが、

満たされると奢り高ぶり、

満たされなければ嘆き、恨むのは、

他人から評価されたいわけではなく、

欲を満たすことを第一にしているからです。

例えば、仕事が好きでやっている人は

仕事に対する、不平、不満、愚痴を

あまり言わないものではないでしょうか?

そもそも、そういう人は

仕事が好きで、続けていきたいわけですから、

不平、不満、愚痴を言ったとしても、

不満をどうすれば改善できるか?を

考えようとするものです。

ですが、生活のための仕事であれば、

賃金が第一目標になりますので、

仕事に対する不平、不満、愚痴は当たり前です。

欲が悪いわけではない

快楽を求める心は誰にでもあるものであり、

それも人間の特徴の一つですから、

欲を捨てろと、言っているのではありません。

ただ、欲に支配され過ぎる人生になると、

逆に苦が増えて、生きづらくなる。

ということが言いたいわけです。

欲に執着し、支配されてしまうと、

欲を第一にして生きていくようになりますが、

実際は、人間が積み重ねたものは

「運」の前にはあがらうことができず、

人は「運」の前に首を垂れるしかありません。

人の実力は、運には勝てない。

運は天が与えるもの。天とケンカしても、人は天に勝つことはできない。

と、斎藤一人さんはおっしゃいますが、

どんなに栄華を究め、競争に勝ち、

他者から評価されたとしても、

その積み重ねたものを、

一瞬で奪われてしまう存在が

わたしたち人間であり、

そしてその「運」を配分しているのが

「天」であるわけです。

運につながる努力とは

ですが、努力をやめよと

言っているのではありません。

我欲を満たす努力では、快楽の奴隷であり、

苦から逃れることは出来ませんが、

自分と他人のために己を磨くことは、

とても素晴らしいことです。

そしてそういう積み重ねこそが、

やがて「運」として、

自分に返ってくるものではないでしょうか。

斎藤一人さんが、

「実力をつけるより、ツイてる人間になることが先決」

と言われるということは、

人間は天にはかなわないよ。

ということであり、

ようするに、天に愛される人になりなさい。

ということですが、

天に畏敬の念をもって生きるどころか、

天を見ようともせず、

快楽だけを見て、誰かに勝とうと

毎日を生きている人は

人は天に勝てないということを、

知らないばかりか

常に苦がつきまとう人生から、

抜け出すこともできないのかもしれません。