何のために学ぶのか?

子曰く、

古の学ぶ者は己の為にし、

今の学ぶ者は人の為にす。

現代語訳

老先生(孔子)の教え。

昔の学徒は、自己を鍛えるために

学ぶことに努めていた。

今の学徒は、他人から名声を得るために

学び努めている。

解説

「人の為にす」というのは、

人の目を気にする、

人に認められたいという意味です。

学問は人に褒め讃えられたり、

有名になろうとするためでなく、

純粋に自分を高めるために

行なうものということです。

精進した結果、褒め讃えられたり、

名声を得たりするのです。

名声を得ること、大金を得ることを

目標としてはいけないのです。

beポンキッキーズの論語

監修加地信行さん、編集協力小島毅さん

欲を満たすための学び

今の学徒は、他人から名声を得るために

学び努めていると文中にありますが、

名声や、称賛、大金を得ることが

第一の目的として生きていくようになると、

当たり前のことですが、

学びが自分を磨くための学びではなく

名声のための学びや、

大金のための学びになってしまいます。

それはまるで、

動物が獲物を得るための工夫と、

変わりがありませんが、(ワンワン)

いやいや、そんなことないよ、

それが人間の幸せの道だよ。

と考える人もいるんでしょうねー。

(遠くをみつめる)

動物の欲と人間の欲

人それぞれですから、そういう人はさておき、

(放置ですか?)

動物は生存欲を満たす生き方しかできず

また、それだけで幸せかもしれませんが、

人間は生存欲を満たすだけでは、

幸せになれませんよねー。

人間とは動物性を内包している、

生き物ではないかと思います。

ですので、動物的な生き方も大事な反面、

それだけではない生き方。

ようするに、人間には人間に相応しい

幸せがあるということではないでしょうか。

確かに、お金は幸せのひとつの要素ですが、

じゃあ、あればあるだけ幸せになれるのか?

というと、そうではないことぐらいは、

誰でも知っているものですね。

(誰でもではないですがー)

まあ、人間は動物ではありませんので、

動物と同じような生き方をしていては、

持っている資質を持て余すわけですから、

物足りなさを感じるのが当然でしょうね。

人に相応しい生き方を学ぶ

人間は人間に相応しい生き方をすれば

心から満たされる。というより、

そうでなければ、退屈をしてしまうものです。

どこそこに旅行、おいしい食事、

立派な家、高級車。有名になる。

こういうもので、動物的欲求は満たされても

人の欲求である、知的好奇心は満たされません。

また、満たされないから、

次から次に求めてしまうのでしょうが

せっかくの学びを、

動物的欲求を満たすために活かそうとすれば、

いつまでも満たされないよということなので、

いい人生だった!と言えるよう

後悔しないように、学んでいきたいものです。