人を許せないときは・・・

大体、人が人を許せないときって、

自分の愚かさを相手が悪いんだって

ことにしている。

たとえば、人を見抜けなかった愚かさだとか。

要するに、

毒キノコを食べちゃったりするじゃない。

で、自分が死にそうになったとする。

そのときにキノコが悪い、って思うのか、

毒キノコを見抜けなかった

自分が悪いと思うのか、ってことだと、

俺は思うんだよね。

で、そういう経験を気づきだと思えるのか、

どうなのか。

人間っていうのは一回も失敗しないほど

お利口じゃないよ。

だけど、

同じテを二度食うほどバカでもないの。

だから同じテを二度と食わなきゃいい。

次に大体似たようなヤツが出てきたときに、

うまく対応すればいいの。

斎藤一人の不思議な魅力論、

柴村恵美子さん著

許せない理由

そうですよね。

人が人を許せないときって、

自分の愚かさを棚に上げて、

相手の責任にしています。

どういうことかというと、

「相手のことを見抜くことができなかった自分」

とか

「この状況に対応しきれなかった自分」

ということを棚に上げておき、

ドタキャンされてはブツブツ言い、

物をもらえばニコニコするといった感じで、

相手の行動によっていちいち反応し、

常に相手の行動に振り回され、

いつも翻弄されてしまうわけです。

そして、苦は続いてしまいます

一度や二度、こんなことがあったよ。

という程度なら、

まだダメージも少なくて済みそうですが、

人の責任にする人がマズイのは、

仮に、自分の努力や工夫で、

避けれたことだとしても、

自分の愚かさを見ず、相手の責任にするため、

自分を省みることができなくなり、

自分を省みることができないから、

成長することができず、

成長できないということは、

今までと同じような場所でつまずくことを

止めることもできないので、

その結果、同じテを二度も三度も食って、

苦を永遠に自分の手で創造し、

ダメージを受け続けるということです。

ようするに、

目玉焼きがうまくできないのは、

自分の責任なのに、

フライパンやコンロの責任にして

それらを買い替えたり、

文句をいくらつけたとしても、

思うような目玉焼きは、

永遠につくれないということです。

許して、苦も取り除く方法とは

「同じテを二度食うほどバカではない」

と思うには、

自分の愚かさを相手の責任にしないこと。

フライパンやコンロの責任にせず、

わたしの作り方に問題があるのでは?と

我が身を振り返る習慣を持つことです。

そうすれば、己を省みることができ、

少しずつ成長していくことができますので、

人に理不尽な怒りを向けないことや、

人を許すことができるようになり、

やがて、苦を滅することにも

つながっていくわけですが、

人の責任にする習慣を、

手放そうとしていない人に、

この「人を許せる薬」を勧めても、

「わたしが間違っていると責められ、傷ついた。」

と、言うのがオチですので・・・、

絶対にわたしには、

忠告しないでくださいね。笑