敵を知り己を知れば百戦危うからず

他人を知ることより

自分を知ることの方がむずかしい。

自分を知る者を真の賢者というのだ。

他人に勝つことより

自分に勝つことの方がむずかしい。

自分に勝つ者を真の勝者というのだ。

新井満さん著 自由訳老子

己を知る

他人を知ることより

自分を知ることの方がむずかしい。

と、文中にありますが、

拙者は自分を知らない者であるなーと

思うわけです。

まあ、以前は・・・。

「自分を知らない者だな」

ということすら、わかりませんでしたー。

(ここ笑うとこです)

ですから、それに比べれば、

多少はマシになったかもしれませんが、

それでも、自分を知らない者にかわりないので

結局、チーン。というわけです。

敵を知り己を知れば

孫子の有名な言葉に、

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

と、あります。

自国のことをよく理解し、

相手国のこともよく理解していれば、

百回戦争しても勝てるしー。(超訳)

という意味ですが、

確かに相手のくせや苦手なこと

弱いところや自信があるところなど、

相手のことをできるだけ把握し、

反対に、己のことを把握すれば、

「こりゃあ、戦っても勝てねーわ。」とか

「ていうかー、楽に勝てるんじゃね?」などと

戦う前から勝負の行方が、

予想がしやすくなるものです。

敵を知ることはむずかしい

でーすーがー、

確かに相手のことなら冷静に見れ、

判断できるものかもしれませんが、

己のことはつい、

贔屓目に見ようとしてしまう、

そんなシロップのように「あまーーーい」のが

人間というものではないでしょうか?

(拙者だけ?)

「あまーーーい」は最近、

「ハンバーーグ」になっていますが、

(わからない方は「あまーい ハンバーグ」で検索!)

そんなことはさておき、文中にもあるように、

他人を知ることより

自分を知ることの方が難しいものであり、

敵を知ることより、

己を知ることの方が、難しいわけです。

己と向き合う

己を知ることがなぜ難しいか?

それは、自分が見たくないところと、

向き合わなければならないからです。

見たくないところとは、

例えば欠点とか、短所、過去の失敗など

「いやー、そっとしておいてよー」

と、思うようなところですね。

「人の失敗を責める」という、

仕事の方々がたくさんいますよねー。

何かあれば、時間と税金を使って

すぐに上げ足を取ります。

まあ、敵の弱いところを突く。というのは、

確かに勝負事では大事なことですが、

今、胸にバッジを付けているみなさんは、

相手を責めることが第一目的になっていて、

世界と日本を豊かにしていく以前に、

日本を豊かにすることすらできない。

孫子が説く

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

とは、戦うことや勝つことが、

第一目的ではありません。

孫子の冒頭には

「兵は国の大事」と説かれています。

簡単にケンカなんかするな。

ケンカをしなければならない目的は何か

ということを、常々頭に入れておけ。

ようするに、

第一目的は国を維持していくことだぞ。

ということです。

つまり、第一目的として国を元気にする、

という志を持っていないとダメじゃん。

ということであり、

バッジつける資格なんてないじゃん。

てことです。(エラそうにー)

えーと、何の話でしたっけ?

というぐらい話がそれてしまいましたが、

己が見たくないところと向き合わなければ、

己の弱いところが見えてきませんから、

敵がどこを狙ってくるかという、

予測も難しくなり、冷静な判断ができない。

ということですねー。

賢者と勝者

己を知る人。ようするに、

いいところもよくないところも、

全て含めたありのままの自分と、

きちんと向き合うことができる人が賢者。

ということであり、

そのうえで、他人に勝つことではなく、

自分に打ち勝っていくことができる人。

そういう人が勝者であるということですが、

拙者など、

「○○に勝ったー、イエーイ!」

という程度で喜ぶ、チンケな人間ですから

「あまーーーい」というフレーズが

「おまえは、あまーーーい」

「おまえは、あまーーーい」

「おまえは、あまーーーい」と、

頭の中に、よぎるわけでさあー。

(カッコつけてる場合じゃない)