家賃を払ってくれるあなたが好きVS良寛さんの「物欲関係ねえー」

私は、ぼろきれの衣しか持っていない。

来る日も来る日も、

ぼろきれの衣をまとって暮らしている。

ぼろきれの衣をまとって歳をとり、

やがて死ぬ。

それが私の人生なのだ。

食べ物は、道端に生えた草を摘み、

かろうじて間に合わせている。

住居にしている庵は、

ただ雑草の生い茂るのにまかせている。

美しく照り輝く月を眺めては、

一晩中、和歌や漢詩を口ずさんでいる。

美しく咲きほこる花を眺めては、

陶然として、

ついつい庵に帰るのも忘れてしまう。

せっかく仏門に入ったのに、

いつしかそこからも離れてしまった。

「良寛というやつは、とんでもない”愚か者”である」

そのように言われるようになってから久しいが、

それもまた、まぎれもない私の人生なのである。

自由訳 良寛 新井満さん著

Rent/レント

新井満さんの訳されたこの文章を読んで、

ふと思い出したのが、

拙者がまだ若いころに流行った

ペットショップボーイズというアーティストの

「Rent/レント」という曲です。

ユーチューブさんより↓

Pet Shop Boys – Rent (1987)

その中の歌詞に

I love you、 you pay my rent

という言葉があるのですが、

英語が疎い拙者でも聞き取れ、

口ずさむことができたこの南蛮言葉を、

拙者なりに超訳してみると

「あなたを愛している、家賃を払ってくれるから。」

という感じになるでしょうかー。

そしてその後に、

歌詞はこのように続いていきます。

It’s easy、it’s so easy

「簡単だ、とても簡単だ」

ビデオ買ってよー

「Rent/レント」の歌詞について

いろいろと書いているサイトが、

たくさんあると思いますので、

詳しい歌詞の内容については、

そちらを見ていただきたいと思いますが、

そのころ、この日の本の国にも、

「ビデオ買ってよー、OLなんでしょー、お金あるんでしょうー」

というような歌詞を歌っていた、

「カステラ」というバンドがいました。

ユーチューブさんより↓

ビデオ買ってよ カステラ (1989)

その曲が流れていた当時、

拙者はかっぱえびせんの(小)一袋で

その日の食事が終わりというような、

超ビンボーでしたので、

同じように「ビーデーオ、買ってよー」

と思ってましたが、

よく考えてみると、拙者は

その日の食事にも事欠くような

ありさまでしたので、

OLさんと付き合うことすらもできず、

「ビデオ買ってー」という資格すら

ないことに気づいたり、

また

「仮にビデオ買ってもらったとしても、売ってお金に買えるよな」

とか、

「ていうか、ビデオ買ってもらっても、彼女すらできる状態にないし」

などと考えたりもして、

「ビンボーの中の階層で、拙者はその最下層」

ということを、学んだものでござるよ。

対極にある考え方

カステラさんの歌詞は日本語ですから、

そのまま読めばいいのですが、

家賃を払ってくれる関係や、

お別れの記念にビデオを買ってというような、

物欲を優先する関係と、

そして今回引用した、良寛さんの

「物欲関係ねえー」というような生き方。

どちらも対極にある二極を現していて、

とても面白いと思いませんか?

わたしは先ほど書いたように、

バック片手にバンドマン目指して、

参勤交代(上京)したという、

青い経験がありますので、

音楽には多少親しみがあり、

また貧乏については親しみを越えて、

一体化してしまう勢いですが

そんな経験をしてきた拙者が思うことは、

良寛さんの生き方は、

生活は不自由「かもしれないけど」

心は自由であり

生活は苦しい「かもしれないけど」

心は楽だということがよくわかる。

ということです。

支配されると不自由になる

実はこの「かもしれない」という言葉は、

わかりやすくした表現で、

良寛さん自身は、苦しいなどと思っていません。

仮に思っていたとしても、

不自由さや生活苦に、

心まで支配されてないわけです。

なぜそのように言い切れるのかというと

人間は複数でいても、

ロクなことを考えないものですが、

特にひとりでいるときに、

本当にロクでもないことを

考えるものではないでしょうか?

いわゆる妄想ってヤツでさあ。

例えば、外にいるときはよくても、

うちに帰ると心が・・・とか、

夜いろんなことを考えて、なかなか寝付けない。

などという話は、世間によくある話です。

もし良寛さんが、明日の食事の心配をしたり、

スペシャルな着物を手にしたいよー。などと、

もし思っていたら、

ひとりで考える(妄想)時間は

いくらでもあるのですから、

自由に生きていくどころか、

不安に、心を支配されてしまうでしょう。

ですから良寛さんの心を表現するなら、

「生活は不自由かもしれないけど」

という文章はいらず、

「心は自由」だけでいいわけです。

二極とは実は一本の道

「空腹は最高の調味料」

という言葉があります。

お腹が減っている時に食べる食事は、

何でもうまい!という意味です。

拙者はビンボーのおかげだと思いますが、

食べられるだけでありがたいと思えるので、

食事について不満を持った記憶はございません。

(どっかの政治家か?)

松本人志さん作詞のチキンライスにあるように

ユーチューブさんより↓

チキンライス / 浜田雅功と槇原敬之

拙者も今ではある程度、

食べたいものを食べれるようになりましたが、

ビンボーしていた時の唯一のごちそうが

カップ焼きそばでしたので、

たまに、ふっと食べたくなるものは

インスタントのカップ焼きそばです。

ビンボー人が感じる美味しさと、

例えば「めし!」と言えば、

ご飯が出てくる人では、

感じる美味しさが違うように、

人それぞれ、

ありがたさの基準も違うわけです。

なんとか着れる服があり、

雨風をしのげる程度の庵があり、

生きていける程度の食べ物しかないけど、

何からも束縛されない

感謝の毎日を送ることができる。

こういう場所に歩いていくには、

いろんな道があるのでしょうが、

「ビデオ買ってよー」という

ビンボー道を通ることが、

感謝の感度は上がりやすく、

一番の近道なのかもしれませんねー。

(もうやりたくはない 笑)

良寛さんの生き方にふれると、

拙者のバカ道などたいしたことはなく、

まだまだわたしは下坐に降りておらず、

拙者はまだまだ偉ぶっておるのが、

よーくわかります。

だからまだまだ拙者は、良寛さんほど

自由でないわけでござるなあ。

ということで、

そろそろ終わりにいたしますー。