人に勝つより自分に勝て

人に勝つより自分に勝てという言葉があります。

どうやら嘉納治五郎さんの言葉のようですが、

多くの人は自分に勝つことより、

他人に勝つことに関心があるのでは

ないでしょうか?

自分に勝つということ

自分が自分に勝つということは、

それまでできなかったことが

できるようになったり、

あまり見たくないなと思っていたものに

向き合おうとする気が起きたというような、

いわゆる「今までの自分を越えた」

ということかと思います。

そうであれば、

結果は必ずしも大事なことではなく、

「昨日の自分を、0.1mmでも越えたか?」

ということが大事なことになるわけです。

昨日のわたしが見ていた景色と、

今日のわたしが見ている景色の違いは、

他人にはわからないものですが

わたしが変化したゆえに、

見える景色が少しでも変化している。

または、見える景色が変わる希望が

持てるようになった。という生き方には

「わたしも、なかなかやるじゃん。」という

わたしを認める、

自己肯定感が育つことがセットであり、

また、自分を好きになったり、

わたしの人生も充実してくるものでは

ないでしょうか。

他人に勝つということ

今度は逆に、自分に勝つことより、

他人に勝つことに関心を持つと

どうなるでしょうか。

昨日の自分を越えることができてくれば、

自己肯定感が育ってくると、

先ほどは書きましたが、

他人に勝つことに関心を持ち、

他人に勝つことで

自分を認める気持ちを育てようとすると、

逃げることは負けることですから、

自分が得意でない分野であっても

勝負しなければなりません。

そのような選択をしてしまうと、

好きなことを積み重ねる生き方ではなく、

例えば「とにかく勝つ」というような

生き方になってしまいます。

そのように戦い続けて、

てっぺんに立つことができるのは、

ほんの一握りの人です。

その道を歩こうとするのは、

とても大変だと思うのですが、

意外と多くの人が歩いている道ではないか?

とも、思うのです。

自分との勝負

他人に勝つには、様々な分野や能力など、

広い範囲での勝負になりますが

自分との勝負の場合、

越えていくものの範囲はそう広くはありません。

ようするに、心の中にある、

変化させたいと思っていることや、

成長したいと思っていること。

それらを越えるため、

切磋琢磨すればいいわけです。

そしてそれは、自分の内部の目標ですから

他人にはわかりませんし、

昨日のわたしを知らないわけですから、

そもそも他人には理解できない、

評価できない目標であるわけです。

他人にはわからない自分だけの目標。

それを目指して切磋琢磨する。

そして越えることができると

「わたしも、なかなかやるじゃん」

と思えてくるもので、その積み重ねが

自己肯定感を育てていくわけです。

「おめぇ、すごいな!」

自分を認めていない人が勝負をすると、

勝てればいいのですが、

負ければ致命傷になりかねません。

なぜなら、普段から自分に

NGを出している人が勝負に負けると

日頃から自分を認めていないのですから、

さらに、自分に対するNGが

大きくなってしまうからです。

昨日の自分をコツコツ越えてきている人は

「わたしも、なかなかやるじゃん」

ぐらいの自信を持つことは

そんなに難しいことではありません。

そんな人なら勝負に負けても、

「己以上に努力を積み重ねてきた人なんだな」

と、思えるものではないでしょうか。

同じ負けという結果が、

片方には失望感になったり、

また片方にとっては、

前に進む動機になったりするのは、

勝ち負けという単純な結果が原因ではなく、

わたしの生き方、

考え方の違いがそうさせているわけですが、

どうせなら、漫画の主人公のように、

一度は負けたとしても、

「おめぇ、すごいな!」と考え

さらに頑張ろうと思えるような

「負け」の方がいいと思うのです。

それにはまず、

普段から自分を認めることです。

戦うわたしを、

わたしが信じてないなんて考えてみると、

それでも戦わなきゃいけない己は、

あまりにも切ないですよね。

ですから、勝負とは他人とする前に、

まずは自分とするものだと思うのです。

「人に勝つより自分に勝て」

今はまだ、評価を得ていなくても、

心を煩わせることはありません。

大気晩成、心を大きく持ち

まずは以前の自分、

昨日の自分を越えていくことが、

必要なことであり、

視線を向けることだと思うのです。