死を受け入れる

「死ぬのはいつも他人ばかり」。

画家のマルセル・デュシャンが、

そう墓碑銘に刻んだように。

でも、残念ながら、

僕らが死にいたる可能性は100%です。

「オギャー」と、うぶ声をあげた瞬間から、

1秒1秒、いまこの瞬間も死に近づいています。

かつてサムライたちが、あれだけ潔く、

情熱的に生きられたのは、

「自分はいつか死ぬ身である」

という事実から目をそらさずに、

「この命を何に使おうか」と、

日々心を練っていたからです。

死をやみくもに恐れるのではなく、

サムライたちのように、

死を、ちゃんと「活用」しませんか?

あした死ぬかもよ? ひすいこたろうさん著

すべての人は死に向かう

全ての人はこの世に生まれた瞬間から、

死に向かって歩いています。

その事実を普段は忘れているのか

それとも、わざと知らない振りをしているのかは

わかりませんが、

この世で数少ない「絶対の事実」である

死というものに対して、あまり向き合おうとせず

「人は必ず死ぬ身である」という事実を

頭の片隅におきながら、人生を歩いている人は

少ないのかも知れません。

足し算と引き算

明日、明日という感じで

いつも未来のことを考えながら生きている人は

少なくないと思いますが

そういう生き方はいってみれば、

明日に対して積み上げていく生き方であり、

いわゆる、足し算的な生き方ではないかと思います。

その反面、「いつか死ぬ」という

ゴールから考える生き方は、

いってみれば引き算的な生き方かもしれません。

明日に対して積み上げていく生き方であれば、

頭の片隅に「いつか死ぬ」ということを常に置いておくことで、

例えば

「自分にとって本当に大事なものだけを積み上げる」

という方向に、目が向くようになり、

より生き方が研ぎ澄まされて来るのではないかと思いますし

また「いつか死ぬ」という、

ゴールから考えていく生き方は、

誰もがいつか死んでいくという事実を

「どうせ死ぬんだから」というような考えに向けないため、

建設的に生きていくために、

明日に対して積み上げていく考え方が必要です。

「いつか死ぬ」

明日に対して積み上げていく生き方を

多くの人はしているのではないかと思いますが、

どちらが正しいということではなく

どちらも「いつか死ぬ」という事実を忘れないことが

大事なことではないでしょうか。

と言いつつも、日々の生活に追われ

そのことをつい忘れてしまっているわたしであり、

もう長いこと生き恥をさらして生き続けている

わたしであるわけです。