感情を抑える?感情とはオナラです。

批判も賞賛も同じ心で

他人から罵られても批判されても、

尊敬されても賞賛されても、

どちらにしても同じ心でいるように。

「どうして、こんなこともできないのかなあ」

などと罵られても、

心に生まれる劣等感にいちはやく気づいて、

「ま、いっか」と受け流す。

「すごい、さすがだね」などと褒められても、

生意気な優越感が心を占領しそうなことに、

はっと気づいて、「ま、いっか」と受け流す。

経集702

超訳ブッダの言葉、小池龍之介さん著

劣等感と優越感

劣等感と優越感は全く正反対のものですし、

一見、違うものだと感じてしまいますが、

劣等感も優越感も、実は性質は同じものです。

「劣等感は自分を苦しめるからよくないけど、自分を苦しめない感情はいいんだよー。キラキラー」と、いう

「おれ、しあわせ♡」みたいな笑顔で話す、

「SNSのプロフィール写真が遠くを見つめているおじさん」

を、みなさんも一度ぐらいは、

見たことがあると思いますがー。

(ないない)

最初はそれでもいいと思うのですが、

ある程度、心が成長してくると、

それだと行き止まりになってしまいます。

優越感と劣等感に共通するもの

優越感、劣等感など、「感情が湧く」

ということに共通するものは、

嬉しさや恐怖心など、

ようするに、外側から、何かの影響を受けて、

感情が上がったり下がったり、

左右に振れた結果だということです。

ですから、心地いい感情も、

好ましくない感情も、

どちらも、何かのきっかけがあって

感情が動くというプロセスは同じ。

ということなのですが、

それを頭の片隅に置いてみてください。

感情とはオナラのようなもの

ですが、感情があるのが人間ですから、

感情が湧きあがるのが人間の自然な姿です。

また、実際に感情とは、

ある意味「オナラ」のようなものであり、

ところかまわず湧き上がってくるものです。

じゃあ、

「劣等感を防ぐことはできないよねー」

と考えてしまいそうですが、

先ほど書いたように、

罵りも批判も、尊敬も賞賛も、

同じ心でいるために、

少し考え方を変えてみるわけです。

感情が湧く、そしてどう考えるか?

「んー、じゃあ感情をなくせばいいんじゃね?」

と、いう人もいるかもしれませんが、

「感情の影響を受けないよう心を整える。」

というほうが、まだ現実的ですよねー。

というより、神や仏ではありませんから、

拙者には、捨てることなどできません。

ですので、感情を無理矢理抑え込もうとしたり、

我慢するなど、意志の力で向き合おうとすると、

そもそも、「人にはむーりー。」

ということに挑戦しているわけですから、

やればやるほど、

「できないじゃん」となり、

「おれはダメな人間だー」という、

劣等感を積み重ねてしまうことになり、

とんでもねえことなのです。

ですからまずは、

どんな感情が湧きあがったとしても、

「これはオナラのようなもので、わたしを含めて誰にでも湧きあがるものー」

と認識をして、自分を責めることをやめる。

これがまず、第一歩です。

感情が湧きあがる→

「オナラ、オナラ。」

「みんな同じ、みんな一緒」

というような感じで、

「おやおや、きましたねー」というように、

感情を俯瞰して見つめるように、

自分を仕向ける。

ようするに、オナラを許し、

自分を責めない習慣を、

まずはつけてみるということです。

そして、オナラに支配されない

拙者には捨てることができない感情ですが、

「オナラだもんなー、仕方ない、仕方ない」

という習慣が、徐々にできてくると、

何かの影響を受け、感情が湧いたとしても、

すぐに感情にのまれてしまうことが減ったり、

その感情にとらわれない心を、

持つことが出来そうな気がしませんか?

ようするに、いったん心に

感情が湧き上がったとしても、

その感情に自分を支配され、

コントロールされなければ、

何も問題はないわけです。

例えば、劣等感に支配されてしまうと、

その劣等感をなんとかするために、

他者からの称賛を求める。

みたいなことになりますが、

感情が湧いても、支配されていなければ、

オナラに真剣に向き合っていても、

キリがないわけですから、

「くっそー、まあいいか。」

と、一時的には思っても、

他に力を使ったほうがいいと、

早く冷静になれる気がしませんか?

「ま、いっか」と受け流す

感情に振り回されてしまう人生だと、

誰だって振り回されるのは

イヤなものですから、

「○○みたいなことは、起きて欲しくないなー」

と、つい考えてしまうものです。

何かが起きなくても考えるが、

生きていれば、いろんなことが起きるので、

またさらに考える。

そんなのを繰り返していると

常にダメージを受ける生き方に、

なってしまいます。

そういうのは疲れる。ということが、

拙者もやっとわかってまいりましたので、

出来事が起きる→感情が湧く→オナラだ!→次は何をしようかなー?

という流れに、だんだんと変えていくことで、

何かに右往左往し、感情に支配された人生と、

別れを告げることができるようになってきます。

そうは言っても、いろんなことが起きますねー

そうは言っても、生きていれば

いろんなことが起きるのが人生で、

そして、それを

止めることができないのも

また、人生です。

だからといって、

「じゃあ全部、受け止めるか」っていうのも

聖人君子じゃなければ難しいものです。

そんなときはこの名曲を思い浮かべてください。

ムーディー勝山さんの

「右から来たものを左へ受け流すの歌」

例えばイラッとしたときや、

すごいねーと褒められたときに、

「チャラ チャッチャッ チャラッチャー」

と、浮かぶようになったら、

もうその時点で、

感情とうまく距離をとれています。

距離が取れているということは、

自由だということです。

瞬間、瞬間に自由になれれば、

人生も自由になります。

人生の道は、

自分次第で無限に広がっていく。

というわけですねー。

いろんなことがある世の中ですが、

いろんなことを右から左に、

受け流してみてはいかがでしょうかー。